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作成日時:2018.07.06
更新日時:2024.03.08

心肺停止から生還した仙台の“奇跡のFリーガー”田中奨。あの日から1152日目の初勝利。

PHOTO BY軍記ひろし

ヴォスクオーレ仙台は、フウガドールすみだを相手に開幕3試合目で初勝利を手にした。昨シーズンは仙台サテライトでプレーして、今年からトップ昇格を果たした29番・田中奨にとっては、Fリーグデビュー3試合目の初勝利。終盤に相手にパワープレーを受けながら、監督が守備力を期待してピッチに送り出されていた田中は試合後、仲間たちの歓喜とスタンドの観客が喜ぶ姿を見ながら、目頭を熱くした。選手にとって、Fリーグで味わう初勝利は特別だろう。だが田中にとってこの勝利は、もっと大きな意味を持つ、特別なものだった。



あの時、死んでいたらピッチには立てていない

2015年5月4日、田中はピッチに横たわっていた。自陣ゴール前で相手のシュートをブロックするためにスライディングをしたところ、至近距離から強烈なシュートを心臓の位置で受けてしまったのだ。一度は起き上がったものの、2、3歩進んだところで、前のめりに倒れこんで意識をなくした。心肺停止状態だった。

その様子は、フットサルメディアのfutsalEDGEで、彼自身が詳細に記している(試合中のシュートで心臓停止……九死に一生を得た関東リーガー)。当時、関東リーグのfcmmでプレーしていたチームのトレーナーがAED(自動体外式除細動器)を使用して、迅速に対応したことで彼は一命を取り留めた。

「お医者さんにも言われましたが、あの時、死んでしまってもおかしくはなかったですし、生きていなければ、今こうしてお話ししていることはもちろん、今日のピッチにも立てていませんでした。それに、(蘇生が)早くなければ後遺症が残ったり、スポーツをできない体になっていたかもしれません。そういう経験を僕は“させていただいた”と思っていて、あの日、あの時の出来事から、自分自身の考え方が変わりました」

田中はそれから、今、この瞬間を大切に生きるようになったという。

当時22歳の田中は20歳の時に一度、Fリーグを目指していた。バルドラール浦安テルセーロ(3軍相当)に加入して、1年で浦安セグンドに昇格、FリーグU23選抜に選ばれたこともある。だが、家庭の事情で競技を離れることになり、22歳の4月からは、古巣のfcmmで復帰していた。そして、あの事故があった。

「FリーグU23選抜では、原辰介選手(ペスカドーラ町田)や栗本博生選手(フウガドールすみだ)ともプレーしたのですが、彼らはトップで活躍している。どこかで悔しい思いがありました。このまま終わるのは嫌だなって。自分も24歳だし挑戦するなら最後だと思って、仙台サテライトのセレクションを受けました」

脱サラして、Fリーグに再挑戦。「とにかく積み重ねです。もちろん、目指すのは日本代表ですし、もっと上のレベルの選手です。だけど、次の練習を全力でやるという意識でやっています。積み重ねていかないと、日本代表も夢物語で終わってしまう。今、この瞬間に何ができるのか。今日の自分は昨日の自分よりもできているのか。そうやって、自分と向き合いながらやっています」。そんな考えを胸に日々の努力を続けてきた結果として、サテライトから1年でトップに上がり、今はFリーグでも出場時間を増やしている。

気になることがある。競技レベルが上がれば上がるほど“あの事故”の怖さが蘇ってきてしまうのではないだろうか。だが、田中は「怖さはない」と即答する。

「それがあったらピッチに立ってはいけないと、事故の翌日から思っていました。今日はパワープレーの守備で長い時間、出ていたし、目の前には(強烈なシュートが武器の)清水和也選手や大薗諒選手もいました。僕は大丈夫ですが、もしかしたら見ている人の方が怖かったかもしれないですね(笑)」

自分が事故にあったことで、周囲にはそのことを気遣ってくれる人も多いというが、だからこそ、気を遣わせないために、田中自身が事故を気にしている様子を出すことはない。むしろオープンにしている。

「触れていいのかなという空気感もあるのですが、そこでいじられたりすることが逆に、AEDの重要性だったり、同じような場面に遭遇した時に、助かる人、助けられる人が増えたらいいなと思っています」

実際に、事故のニュースは、フットサル界に限らず大きな話題を集めた。競技者たちがAEDの講習会を受講したり、日頃の練習場所に救命措置ができるAEDが常備されているのか、機能するのかといったことを意識する人たちが増えた。田中の経験は、間違いなく現在のスポーツ界に大きな意味をもたらしている。

あの出来事から3年が経過して、今週末、田中はある人物と再会する。シュートを打った張本人、上村充哉だ。当時、湘南ベルマーレの育成組織でプレーしていた上村は、その後トップに昇格して、今年から立川・府中アスレティックFCに移籍した。仙台は7月8日、ホームに立川・府中を迎える。

「彼のことは、無意識に意識していたかもしれません。お互いにすごい経験をしましたからね。あの事故の翌日にお会いして、それから2週間後には、僕が千葉県選抜で彼が神奈川県選抜で対戦したのですが、それからは会っていません。3年ぶりですね。Fリーグの舞台で再開できるなんて、本当にすごいですよね」

あの日、あの時の当事者は、それぞれの道を進みながら、再び合間見える。きっと彼らにしか分からない感覚かもしれないが、“生きていること”やトップレベルで戦える喜びを噛みしめるに違いない。

心肺停止から生還した奇跡のFリーガー・田中奨は、今この瞬間も、ピッチで戦い続けている──。

■次節試合日程
7月6日(金)
19:30 フウガドールすみだ vs エスポラーダ北海道
7月7日(土)
13:00 シュライカー大阪 vs ペスカドーラ町田
14:00 バルドラール浦安 vs バサジィ大分
7月8日(日)
11:30 Fリーグ選抜 vs アグレミーナ浜松
14:00 名古屋オーシャンズ vs 湘南ベルマーレ
15:00 ヴォスクオーレ仙台 vs 立川・府中アスレティックFC



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