更新日時:2025.02.20
「命を懸けてでも勝つために」W杯で戦えるGK選手とコーチの向き合い方|ブラジル代表×日本代表、世界最高峰のGK指導対談
PHOTO BY伊藤千梅
昨年、FIFAフットサルワールドカップで世界一に輝いた現役ブラジル代表GKコーチ、フレッジ・アントゥネス氏が1月に来日。日本全国を周りながら、各地で選手と指導者を対象としたGKクリニックを開催した。今回、来日の依頼をしたのはフットサル日本代表GKコーチである内山慶太郎氏だった。
内山氏は、フレッジ氏がブラジルのクラブチーム「ジョインビリ」のGKコーチを務めていた頃にトレーニングを視察したことがあり、以来、親交を深めてきた。「日本の選手と指導者に、世界最高峰の、本物のGK指導を伝えたい。今後日本が次のフェーズにいくためにも、素晴らしい学びを、僕だけでなくみなさんでシェアしたい」という内山氏の熱い思いに、フレッジ氏が応えたかたちだ。
フレッジ氏は日本滞在中、多忙なスケジュールの合間を縫って、内山氏と共にSALの独占取材に応じてくれた。クラブと代表におけるGKコーチの役割の違い、GKユニットのチームビルディング、そして現代GKに必須の能力とは──。
両国の現役代表GKコーチである二人が熱く語った。
代表チームにおける、GKコーチの役割
──フレッジさんは、ジョインビレなどを経て、現在も所属しているジャラグア・フットサルといったブラジルのトップリーグに所属するプロチームのGKコーチを歴任され、いまはブラジル代表のGKコーチも兼務されているのですね。
フレッジ はい。いくつかのクラブチームのGKコーチを務めて、昨年からセレソン(代表)のGKコーチも並行して担っています。以前はブラジルのアンダー代表のGKコーチも務めていました。現在はブラジル南部サンタカタリーナ州のジャラグアと、ブラジル代表の両方でGKコーチを担当しています。
──内山さんもフウガドールすみだでGKコーチを務められて、その後、日本代表のGKコーチとなりました。クラブチームと代表チームとでは、GKコーチの関わり方にどのような違いがあるとお考えですか?
内山 クラブチームは、“まだ足りない”部分がある選手も在籍している可能性が高いですよね。育成組織から昇格したばかりの選手とベテランが共存していたり、レベルにバラつきがあるケースもあると思います。
一方、代表というのは、勝利であったり、その先々の目標達成に対して最も近い選手たちをトップリーグの中から選抜します。トップ・オブ・トップの選手たちが集まる場所なので、トレーニングメニューも含めてアプローチの仕方は異なります。クラブチームと違いチームで活動できる時間も限られているので、短い期間でチームとして仕上げていかなければなりません。だからこそ、さまざまな状況に対応することができるハイレベルな選手たちが必要になります。
その違いは、自分自身もこれまで担当させていただいて十分に理解しているつもりではいますが、逆にそこに対する考えが僕と違いがあるのかどうかというのを、フレッジにも聞いてみたいですね。
フレッジ 内山さんのおっしゃる通りだと思います。やはりクラブチームのほうが、選手と関わる時間は長いですね。毎日一緒にトレーニングをしますから。セレソンではFIFAのカレンダーに準じて選手を招集することになります。5日間から7日間、あるいは10日間といった短い期間であらゆることを落とし込んでいかなければなりません。ただ、昨年のワールドカップでは、開幕1カ月前から合宿をスタートして、本大会終了までの約2カ月間をセレソンで活動しました。代表チームの活動としてはかなり長かったです。決勝までいけたからこそそれだけ長くそのメンバーで活動できたわけですが、常に楽しく、そしてそのなかでももちろん厳しく切磋琢磨していきました。素晴らしいメンバーでW杯制覇を成し遂げることができ、本当に良かったと思います。
──代表チームにはたいてい3人のGKを招集することになると思いますが、それぞれの選手の状態はどのようにチェックしていますか?
フレッジ セレソンのGK3人は当然、普段は別々のクラブでプレーしていますし、それどころか、昨年のW杯でプレーした3人は、それぞれが別の国のリーグでプレーしていました。毎試合全員のプレーを現地で視察することはできませんから、彼らが出場している試合の映像を取り寄せて、現状どれくらいのレベルにあるのかを常に把握するようにしていました。あとはセレソンのアナリストにも協力してもらったり、あるいはそれぞれの所属クラブのコーチングスタッフなどに知り合いがいれば、直接連絡して様子を聞くこともありました。
フットサルブラジル代表は、FIFAのカレンダー通り、1年に5回ほど招集されます。セレソンのGKに求められていること、プレーモデル、メソッドについてはその度に選手たちに直接伝えています。そしてW杯メンバーに入った3人は、いずれもそれぞれの所属クラブに専属のGKコーチがいませんでした。だから3人とは頻繁に連絡を取り合って、「普段のトレーニングからこういう部分を重点的に強化してほしい」といった要望も伝えていました。
──内山さんは日頃から、FリーグのGKたちを時間の許す限り会場で隈なくチェックしているという印象があります。代表の主軸の選手や代表候補の選手たちとは、代表期間以外ではどういったコミュニケーションを取っていますか?
内山 まず、代表候補選手を見るという点においては、なるべく平等に、そしてよりたくさんの選手のプレーをチェックするようにしています。直近の代表選考に関係なく、その時々で良いパフォーマンスをしている選手を、日本の現状把握という意味でも知っておくべきだなと思っているので。過去の招集歴に関係なく、トップレベルにおいていま現在、誰が良いパフォーマンスを見せているのかということは常に把握していますし、どの選手がどんな特徴をもっているかということも、招集に関係なく把握するようにしています。
当然、「誰を呼ぶか」という代表選考の話をする際には、そうした情報を基に、映像やデータも交えながら代表監督・コーチングスタッフと話をします。そういった議論をする際に、やはりトップレベルでプレーしている日本人GK全員の現状を把握しておく必要があると思っています。
あとはいまフレッジの話のなかにもありましたけど、コミュニケーションは非常に重要ですね。各クラブのGKコーチへのリスペクトの観点も含めて、自分は選手個々と直接LINEなどでやり取りすることはありませんが、各クラブの監督、コーチ、GKコーチの方々から情報をいただくようにしています。それはFリーグの試合会場でお会いした時もそうですし、会うことが叶わない場合は、電話などでお話をうかがうケースもあります。幸いみなさん積極的にコミュニケーションを取ってくださるので、代表活動を進めていく上では大変助かっています。
また、自分の場合は育成年代の日本代表GKコーチも兼務していることに加え、若手選手の発掘という部分も任せていただいているので、F1に限らずF2も観るようにしていますし、U-18の各地域の大会などの映像もチェックしています。もちろん、全カテゴリーの全試合をフルで観るのは物理的にも難しいですが、時間の許す限りなるべく多く現地に行きますし、映像も観ますね。自分のなかで「今ならこういう理由でこの選手がベストだ」と、確信をもって選べるように、それだけの情報は常に集めておく必要はあるのかなと思います。
──なるほど。代表選出の精度を高めるためにも、常により多くの情報をインプットした状態にしておくのですね。そしていざ代表活動で3人のGKを招集した後は、短い期間でチームのコンセプトなどを落とし込んでいく必要があるかと思います。その擦り合わせにおいてはどういった部分に重点を置いていますか?
内山 代表に関して言えば、招集している時点で「能力がある」「確実にこの選手はこのチームの力になってくれる」と自信をもって呼んでいるので、その選手たちにどういうトレーニングをしたらそれぞれが良い部分を出せてこのチームで輝けるか。そこしか考えていません。何かを変えるとか、個を伸ばすとかそういう場所ではないと思うので。より持ち味で尖っていけるというか、チームの勝利に貢献できるように自分がサポートできればという立場なので、何かを改善するとかではないですね。適応させるというよりは、適応できるレベルの選手を呼んでいるので、自分は「うまく入っていけるようにサポートする」という考え方ですかね。
──私も日本代表の合宿での内山さんのトレーニングを何度も取材させていただいていますが、3人のGKと内山GKコーチによる「GKチーム」のグループ感、連帯感の強さを感じます。ああいった空気のつくり方については、どんなことを意識されているのですか?
内山 これはフレッジも同様なんですけど、僕もトレーニングはけっこう厳しいほうだと思うんですよ。強度も高いし、1本1本のボールも厳しめだし。なぜそれをするのかと言うと、やはり上に行けば行くほど厳しい戦いになりますし、精神的にも苦しくなるんですよね。幸運にも、いくつかの大会で優勝したりファイナルに進んだりという経験をさせていただいて、そこから逆算するようになっていったんですけど。そういうギリギリの状況で大事なことは「自分たちを信じること」「一つになること」の二つかなと思っていて。苦しい試合を想定して、トレーニングでも厳しい要求をして、「自分たちはこれだけやってきたんだ」という自信と団結をもって臨むことが、最後は大事だと思うんです。
GKというポジションはピッチに1人しか立てませんし、だからこそ団結しないといけない。出られていない選手は、(例え自分が試合に出られなくて悔しくても)やっぱり出ている選手を支えてあげられないといけないというのはあるので。僕はそこも含めて選手の能力だと思っていますし、そういったことを実現するためには、ゲームだけでなく練習から厳しい要求をしながら、みんなで高め合っていくということ。そこは練習から意識しているので、自然とそういう雰囲気、リレーションになっているのかなと思います。
その点に関しては、ブラジルに行ってフレッジのトレーニングを見た時にも「やっぱりそうだよな」と思ったので、現地に行って学んだ部分の一つですね。
GKチームで一番大切なのは、お互いへのリスペクト
──今の内山さんのお話を受けて、GKチームの雰囲気づくりという部分に関して、フレッジさんはどのようにお考えですか?
フレッジ 特別なものはないですが、先ほど内山さんも話してくれたように、トレーニングは非常に厳しいです。GKのトレーニングはFPのトレーニングとも異なります。
そのなかでも私が一番大切にしているのは、お互いのリスペクトです。「お互いがお互いを応援しようね」ということです。競争があるなかで、試合に出たい気持ちは全員同じです。だけどGKというポジションは、内山さんも言っているようにたった1人しかピッチに立てません。だからこそ互いのリスペクトをもつことは、クラブでも代表でも一番大事です。出ることになった選手をみんなで応援しようと。
だけど、ただリザーブであることを受け入れて応援するだけじゃなくて、競争して切磋琢磨して「私も出たい。じゃあもっと頑張ろう」という気持ちが当然なければいけない。すべての根底に、お互いへのリスペクトがあります。
──そういう意味では、W杯決勝でウィリアン選手が素晴らしい活躍を見せて、その時ベンチにいたGKたちもそれを我がことのように喜んで、共に戦っていましたよね。まさにフレッジさんの言うリスペクトが表れたシーンだったのかなと思います。
フレッジ さっきの話と繰り返しになってしまいますが、特別なことというよりは、本当に自然に生まれたものなんです。3人は仲間意識がすごく強かった。練習中から「やってやろうぜ」「もっと追い込もうぜ」とお互いを鼓舞し合って。決勝での一体感も素晴らしかったとは思いますが、あれが試合だけではないんです。事前の合宿に始まり、毎日の練習から「もっとこうしたほうがいい」といったコミュニケーションを取り続けていました。
あの日出場したウィリアンは3人のなかでも一番若くて、自分が出るとは信じていなかったんです。初めてW杯のピッチに立った試合では、やはり緊張もありました。偉大な先輩方をベンチに座らせてピッチに立つわけですからね。
ベンチを見れば、ギッタとロンカリオがいる。「このメンバーの中で自分が出て良いのかな?」と。でも、ギッタもロンカリオもウィリアンを支えて、ベンチから鼓舞する声、励ます声をたくさんかけた。練習から一緒に高め合っていったなかで、先輩たちのサポートがあったからこそ、不安から安心、自信に変わっていったのではないか、という瞬間でした。だからあれだけの活躍ができたのだと思います。
セレソンで集まる度に一緒に厳しいトレーニングをして、互いに厳しく要求し合って、だからこそ生まれる連帯感があります。試合の時だけそういったものをつくり上げるのは不可能です。一緒の時間を過ごして、互いに競争するなかでこそ、お互いのリスペクトはより深まっていくものだと思います。
──内山さんも今のお話に共感される部分は多いのではないかと思うのですが、やはりピッチに立っていないGKの振る舞い、共に戦う姿勢というのは、代表レベルにおいても重要なのですね。
内山 そうですね。いまフレッジも話したように、出ている選手に与える影響はすごく大きいと思います。だからこそ、試合だけでなく練習からそういった気持ちをもってお互いに接することができているかというのが試合で出ますし、試合だけ取り繕おうとしても、結局一番苦しい時にボロが出てしまう。練習から、本当に心からの尊敬をもって、互いに支え合いながら苦しい状況を乗り越えて積み上げていった先に、勝利であったりタイトルというものがあるのかなと思います。
僕は大会に行ったら「家族のように」と表現するんですけど、本当の意味でそれほどの関係性を築けるか。いま試合に出ている選手のために、あるいはチームのために。適切な表現かはわからないですけど、“命を懸けてでも勝つために(自分のすべてを)捧げられるか”。本当にそこまでやり切れる選手かどうかというのは、僕は本当に最後のところでは大事だと思いますし、国を背負って戦うというのはそういうことだと思うんです。心の底からそう思える選手たちの集まりでないと、国同士の戦いを制する、またはそこでチームを救うようなファミリーになることは難しいと思いますね。
<続きは後編へ>
フレッジ・アントゥネス
(フットサルブラジル代表、ジャラグア・フットサルGKコーチ)
1969年8月16日生まれ。ブラジル・リオデジャネイロ州出身。30年以上のキャリアを持つ、ブラジルの名GKコーチ。現在はジャラグア・フットサル(ブラジル1部)とブラジル代表のGKコーチを兼務している。クラブレベルではこれまでジャラグアのほか、ジョインビレ、JEC/クローナなどでも指導。昨年ウズベキスタンで開催されたFIFAフットサルワールドカップで大会最優秀GK(アディダスゴールデングローブ賞)に選ばれたブラジル代表GKウィリアンも、フレッジ氏からクラブチーム・代表チームの両方で指導を受けた選手の1人。
内山慶太郎(フットサル日本代表GKコーチ)
1981年12月23日生まれ。千葉県成田市出身。現役時代はフウガドールすみだの前身であるボツワナの絶対的守護神として活躍。関東リーグ昇格に大きく貢献すると、2005年以降は度々日本代表候補にも選出された。2007年、Fリーグ開幕に合わせてステラミーゴいわて花巻へ移籍。その後はスペインのタラベラ等でプレーし、2009-2010シーズンを最後に現役を引退した。翌シーズンからフウガ東京(当時)のGKコーチに就任し、2016年は日本代表GKコーチも兼任。2017年からはJFAのナショナルコーチングスタッフとなり、全カテゴリーの日本代表GKコーチを担当するようになった。以来トップカテゴリーのみならず、小学生からプロ選手まで、幅広い年代への指導を行っている。
守田マルコス(通訳。アグレミーナ浜松GKコーチ)
1976年1月31日生まれ。ブラジル・パラナ州出身。母国ブラジルのサッカークラブ、フィルドプレ・アトレチコ・パラナエンセで15歳までプレーし、その後18歳で来日。以来現在まで日本在住。2004年、田原FCのゴレイロとして東海リーグ無敗優勝に貢献し、その後の地域チャンピオンズリーグでは内山氏とも対戦した。2015年にアグレミーナ浜松のGKコーチに就任。その傍ら、静岡県選抜、U-18静岡県選抜、女子静岡県選抜等のGKコーチ等も歴任し、昨年からはオイスカ浜松国際高校サッカー部のGKコーチも務める。今回のフレッジ氏の来日に際しては、アテンダーと通訳を担当した。
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2025.03.15