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作成日時:2025.12.05
更新日時:2025.12.05

ビビっていたブラジル戦。言葉にできない感情。あの日、ピッチサイドで私が見た景色【女子W杯ルポ/伊藤千梅】

PHOTO BY伊藤千梅

試合が始まる前から、私はブラジルにビビっていた。

初めてブラジルの脅威を目の当たりにしたのは、グループステージ第2戦のブラジルvsイタリア。日本が大会前の親善試合で引き分けたイタリアに、開始30秒で先制点を挙げていた。ゴールまでのボール運びがあまりにも滑らかで、イタリアも「え?」となっていたけれど、私も「え?」となった。

破壊力の違いを生で感じて、格が違うかもしれないと怖気付いた。結果的に、この試合を6-1で勝利したブラジル。たまたまだけれど、日本戦と同じ点差で勝利していた。

そして迎えた準々決勝。やっぱり私はビビっていた。試合が開始して最初のワンプレーで失点をしなかっただけで、「よし」と喜びの感情さえ湧いた。

でもそのあとに失点、失点、失点……。ブラジルが喜んでいる写真ばかり溜まっていくのが、とにかく切ない。でもブラジル選手たちが全身で喜ぶから、思わず撮ってしまった。

レンズが黄色で埋め尽くされるたびに「本当は青い写真が撮りたいんだよな」とぼんやり思った。

ハーフタイムを迎えて、正直私の心は折れかけていた。

日本が相手陣地に攻めこんで点を決めるイメージができなくて、第1ピリオドくらい攻め込まれるのであれば、第2ピリオドは自陣側にいたほうがいい写真が撮れるんじゃないかと本気で悩んだ。

悶々としていたけれど、なんとか気持ちを奮い立たせて逆サイドに向かう。でもその時、頭の中に描けたのも、かろうじてパワープレーで相手陣地に攻め込む姿だけだった(ちなみに、試合中に撮影場所の移動はできない)。

そんな私の葛藤をよそに、ロッカールームから戻ってきた選手たちは、当たり前のように集中していた。必要以上に気負うわけでもなく、絶望した表情も見せず、今この瞬間、勝利するために必要なことをする。

そんな冷静さをまとってベンチに戻る選手たちを見て、安心したのと同時に、少し自分の弱さも感じた。

選手もスタッフも、強すぎる。日の丸を背負っている人たちは覚悟が違う。こっちは、試合前からビビっていたというのに。攻撃を撮ることを諦めようとしていたのに。

そして第2ピリオド。カメラを構える時間が格段に増える。第2ピリオドで1-1という結果だけを見て、「この戦いを初めからやれていれば……」などとは、さすがに言えない。5点という差がついて挑んだ第2ピリオドだったから、1-1だったのだとは思う。

ただ、特に高橋京花選手のドリブルは、心が折れかけていた私にとっての希望だった。左サイドで6番をぶち抜いた時は「見たか!これが日本のドリブラーだぞ!!」と、心の中で勝手にブラジル相手に勝ち誇ってしまった。

高橋選手がブラジルを切り裂いていく写真は、攻撃側でないと撮れなかった。こっち側にいて良かったと素直に思わされた。

そして、公式記録ではオウンゴールになってしまったものの、中村みづき選手が最後の最後に渾身の一撃を放った。

アジアカップのメンバーではない唯一の選手。この舞台に至るまでには、憧れ、期待、羨望といったたくさんの視線を集めたなかには、嫉妬、違和感といった触れたくないものも混じっていたと思う。

そのすべてを捻りつぶすような、ブラジルに一矢報いるゴール。中村選手がこの場に立っている意味を、価値を、自分自身で強烈につくり出してみせた。

最後まで戦う姿勢を見せ続けたが、結果としては1-6で敗戦。タイムアップの笛が鳴った時、ほとんどの選手たちは落ち着いた表情だったように思う。それでも、サポーターへの挨拶を終え、輪になって須賀雄大監督の話を聞く選手たちの目には徐々に涙が浮かんできた。

私自身、その場で涙は出なかった。目の前の光景を切り取ることに精一杯だった。

試合から3日経った今も、この時の感情の正体を言葉にできずにいる。試合が始まる前からずっとブラジルの強さに圧倒された私は、悔しかったのか、悲しかったのか、やり切ったのか、悔いが残るのか、また次に挑もうと、前を向こうとしているのか。

選手それぞれがこの舞台で感じたことは、究極、選手だけのものだ。それを完全に理解することも、推しはかることも、押し付けることもできない。だから私自身も、この舞台で私だけが経験して感じたことの中に、自分自身で向き合うべき答えが、きっとあるのだと思う。

その感情の正体を探しに、私は日本が立つことのできなかった決勝の舞台を取材する。ピッチサイドでカメラを構え、史上初の女子W杯の初代女王が決まる瞬間をこの目で見届けてきたいと思う。

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