更新日時:2026.03.25
有終の美を飾った“キング・オブ・Fリーグ”森岡薫、キャリア最後に決めたゴラッソの矜持「体は覚えてる。たぶん、忘れない。悔いのないフットサル人生だった」【第31回全日本フットサル選手権大会/インタビュー】

PHOTO BY本田好伸
3月22日、第31回全日本フットサル選手権大会の決勝、バルドラール浦安vsペスカドーラ町田が東京・駒沢オリンピック公園総合運動場 体育館で開催。2-2のまま延長にもつれ込んだ試合は決着が着かず、PK戦の末、町田がPKスコア3-4で勝利。町田が前身の「カスカヴェウ」時代を含めクラブ史上3度目の大会制覇を果たした。
この試合が、20年のフットサルキャリアで最後の試合となった森岡薫。46歳にして最前線でプレーするキング・オブ・Fリーグは、最後まで“キング”だった。キャリア終盤はフィクソでプレーする機会も多かったなかで、この試合は多くの時間をピヴォとして入り、0-2のビハインドでは「これぞ森岡薫」という、右斜め45度からニア上に突き刺す強烈な追撃弾を挙げてみせた。
キャリアラストゴールが、自身を象徴する一撃。そのゴールでチームを生き返らせ、最後に戴冠。まさにフットサルの神様に愛されたようなストーリーを歩んだ男は、最後のミックスゾーンで何を話したのか。同じく、今シーズン限りで現役引退を表明している原辰介の取材が終わりに差し掛かった頃、遠目からやってきた男は「お待たせしました!」と主役のお出ましという風体で、その場に登場。そして開口一番「決勝戦はね、試合するものじゃなくて勝つものだから」と言い放ってみせたのだった。
いい選手たちに囲まれたから

決勝戦はね、試合するものじゃなくて勝つものだから。
──かっこいい。フットサルの神様が微笑んでくれましたね。
微笑んでくれましたね。だからやっぱり、(キャリア最後のゴールがリーグ戦で決めた)PKじゃダメなんだよってことなんですよ。(今日のPKでも)外したってことは。ちゃんとゴールを決めて、優勝で終わってくれって。だから、(PK戦で3本のシャットアウトで勝利に導いた)ビゴージに感謝ですよ。やってくれましたね。
──ピヴォでやることはいつ言われたんですか?
監督と話して、昨日もちょっとだけピヴォの位置に入ったりしてて。「調子はどう?」と言われたんで、「3日間連チャンだけど、わりと動けそうだね」と。「いざという時は前にいってもらう」と言われていたので、準備はしていました。俺はね、こうやって(前を向いて)攻めるより、こうやって(相手ゴールを背にして)攻めるほうが好きなんですよ。相手を背負ってね。

──伊藤圭汰選手は、フィクソとしての森岡選手の動きやパスなどもすごく参考になると話していました。
ああ、本当ですか。まあ、ピヴォをずっとやっていたから、どこにほしいかもある程度はわかるので。ただそこ(ピヴォ)に入れる度胸というか、タイミングが必要なんですよね。ボールが(相手の足に)引っかかったら入れたくないなっていう気持ちにもなる。でも、そこで度胸が必要だし、タイミングも外さなきゃいけない。だから、(フィクソからパスを)出すほうも大変だと思う。受けるほうももちろん、味方がいい状態でいるか判断しなきゃいけないから、2人の連係が合う合わないはあると思います。どっちのポジションもやるとよくわかってくる。
昔はよく、(フィクソに対して)「出せよ、おまえ!」って言ってたんですけど、気持ちがわかりました。難しいんですよね。名古屋時代には(北原)亘に「見えてるなら出せよ」って。でも、自分がそのポジションをやると、なかなか出せないんですよ。引っかかったらカウンターになっちゃいますから。
──決勝は0-2で苦しい展開のなか、ピヴォで起用されて取りましたね。
ハーフタイムにみんなには言ったんですけど、僕は2-0で勝ったことがないんですよ。2-0でリードしていたら、必ず負ける試合展開になってしまう。だから2-0は“裏切られる”んですよね。勝っていて、2点差もついているけど、そこで1点でも失点したらその勢いで同点にされてしまう。だから逆に、とにかく前半は2-1で終わろうということばかり考えていました。一気に同点とか引き分けにする必要はないので。そこで入ってくれたので。
──自分で取ってしまうのがすごい。
この2年間は若い選手に支えられてきましたからね。いざという時に、この人がいてくれて良かったなと思ってもらえるプレーをずっとしたいと思っていましたけど、受け入れることにしてたんです。「自分がなんとかしなきゃいけない」とか、「自分がここで決めなきゃいけない」とかではなく、「少しでも貢献してあげなきゃ」というところに切り替えた。ただ、今シーズンはいい場面やほしい時に取れるようになってきたので、それはたぶん、自分の葛藤がしっかりと整理できたからこそだと思います。「前(ピヴォ)じゃなきゃダメ」「以前のような動きができないとダメ」「振り向いて点を取らないと納得いかない」と考えていたら、たぶんもっとうまくいかなかったし、周りも見えていなかったと思います。そこを受け入れられたことと、いい選手たちに囲まれたからこそできたのかなと思います。
──あのゴールは、体が覚えていたような感じですか?
体は覚えてますよね。たぶん、忘れることはないですね。ただ、たまに練習でピヴォに入ると、前だったらここで振り向いて打てたのになとか、感じることはありました。体では覚えていても、筋力がついてこなかったり、一瞬忘れてしまったりもします。それでも、体には常にあるものだから。最近たまにピヴォのポジションに入って前線で張ったりすると、徐々にその感覚が起き上がり始める。今日もある程度は前で収める時間をつくることもできたので、そういうプレーができていたから監督も「前にいて」と言ったんです。
──あのコーナーキックは中村心之佑選手からのパスでした。
あれは自分のセットじゃないんですよ。中村と(毛利)元亮と。本来は(自分ではなく)雲切(啓太)なんです。何かアクシデントでもない限り、ほぼあのセットでは出ない。僕はどちらかというと、(山中)翔斗とバナナ(クレパウジ・ヴィニシウス)と、2セット目だった。ただ最近は、怪我もそうだし、累積警告もあったりして、セットがいろいろ崩れて、練習通りの形ではなかった。ただ後ろに(甲斐)稜人がいて、浦安の選手がそこを警戒していたことがわかりました。そこはベテランというか、長くやってきたから判断できたことかもしれません。
ボールもめちゃくちゃ良かったですね。当てるだけで良かった。あそこで足を振っちゃったらたぶん上に飛ばしてしまうから、ボールが良ければ当てて抑えるだけ。あの場面は、たぶんタケ(本石猛裕)がいて、ブロックしたらそこで次の人が(甲斐の)ブロックに出られたと思うから、ブロックにいくふりをして、ちょっと避けたら、そこをシンがよく見ていてくれたので。シンの判断が良かった。僕は当てるだけだったので。




──しかも、ピレス・イゴール選手から決めた。
そうね。まだまだやれるよね。表彰式の前に、2人で泣きながらしゃべってましたよ。一緒に同じチームで引退したかったなという話もしました。彼も、今までの中でおまえが一番良いピヴォだった」と言ってくれて、それは本当にうれしかったですね。でもね、彼が本当のスーパーマンですよ。病気(ギラン・バレー症候群)を乗り越えて、代表にも復帰して、Fリーグまで優勝した偉大な選手。イゴールはまだまだやれるよ。(敵ではあるから)勝ってほしいとは言わないけど、個人として応援しています。

──現役生活は区切りとなりますが、どんなフットサル人生でしたか?
悔いのないフットサル人生でしたね。20年なんですけど、勝つことしか味わわなかった10年間と、タイトルに無縁の10年でした。不思議とそうなるんだなと。どうしても最後に優勝のタイトルはほしかった。個人的には、プロになって最初に(名古屋の前身チームの大洋薬品/BANFFで)日本一になったのがこの場所だったんです。相手は府中アスレティックFCで、僕も点を決めて、PKまではいかなかったんですけど優勝しました。
それがちょうど20年前なので、まさか最後の年にここでやるとはね。僕は屋内球技場のほうでやると思っていたら、こっち(体育館)だったので。最後、めっちゃいい雰囲気でしたよね。さっき、ピッチ上でのインタビューでも「Fリーグはここでセントラル開催してください」と言ったんですけど、大きな会場で1000人ちょっとしか入らないなら、ここで満員にしちゃえばいいじゃん、と。この雰囲気を味わえばやみつきになりますよ。

この雰囲気は、やっぱりすごかったですよ。準決勝は900人とかですよね。でも、体感では1500人はいるんじゃないかなと思うくらい一体感がありました。Fリーグも、いろいろと難しい面もあるかもしれないですけど、ノルマを取っ払ってやるべきだなって思ったりもしました。やっている人が楽しんでないと、新しい人は来ないですよね。でも、また来たいとなるような雰囲気をできるリーグになってきていますし、今日の試合はいい見本になったんじゃないかなと思います。僕も裏方の仕事をしながら、見に来てくれた人が「また来たい」と、試合内容だけではなく、会場にきたらこういう楽しみもあった言ってもらえるように。僕ももっともっと勉強しながらやっていきます。これから、いろんな人に煙たがられるかもしれないですけど、正しいものとそうじゃないものをしっかり把握した上で動きたいと思います。フットサルのためになるのであればやるべきですから。
Fリーグで20年間選手をやらせてもらって中を見てきましたけど、20代で引退する選手もいるのが現状です。自分も父親ですけど、自分の子供にそういう生活を送ってほしいとは思わない。フットサルをやっている子どもたちは、サッカーがうまくなるためにフットサルもやるというのはすごく素晴らしいことです。でも同時に、その舞台でプロになりなさいと言える環境にしなきゃいけない。Fリーグもまもなく20年目です。いい時も苦しい時もあったと思いますけど、どのスポーツのリーグでもいい時ばかりではないはずです。苦しい時もあればそれを乗り越えてさらに景色を見られると思うので。そういう時期になったから、僕も引退するのかなと。

──次は森岡さん自身がその環境を変えていく。
できるだけ早く、環境を変えたいですね。でも、僕一人で何かを変えることはできないので、メディアのみなさんも、選手も、チームの運営側も、リーグも、みんなが変えていかなきゃいけない。絶対にできます。僕もスペインでプレーしたり、いろんな外国人選手と話しますけど、「日本のリーグが一番だ」と言ってくれます。運営も競技力も、世界から注目されているリーグであるので、本当に誇りに思っていいと思います。でも、もっともっと良くしていかないといけません。思うところはたくさんあるので、またインタビューしてください。

第31回全日本フットサル選手権大会
<日時>3月14日(土)〜22日(日)
■試合結果<決勝>
<会場>駒沢オリンピック公園総合運動場 体育館
<決勝>3月22日(日)
13:00 バルドラール浦安 2(PK3-4)2 ペスカドーラ町田
■表彰
<優勝>ペスカドーラ町田
<準優勝>バルドラール浦安
<3位>名古屋オーシャンズ、湘南ベルマーレ
<フェアプレー賞>ペスカドーラ町田
<MVP>ビゴージ(ペスカドーラ町田)
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