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2019.06.26

【コラム】戦力外通告、セグンド降格、そして退団──。挫折から多くを学んだ中島孝が“湘南のピケーノ”として輝きを取り戻すまで

PHOTO BY軍記ひろし

中島孝 選手 新加入のお知らせ」。

6月5日に湘南ベルマーレが出したリリースは、フットサル界に驚きを与えた。「あの中島が浦安を退団?」。率直にそう思った方が多いだろう。前身のプレデターから15年間、バルドラール浦安一筋でフットサルを続けてきた中島だからこそ、この移籍は衝撃的だった。

しかしこの決断こそ中島らしさが溢れたもの。移籍の経緯や、その思いを語ってもらった。

大好きな浦安を強くするためにセグンドへ

湘南への移籍について明かす前に、中島が浦安を離れるターニングポイントとなった出来事も伝えなければいけない。それは昨年5月13日に浦安から発表された「中島孝選手について」だ。

いつもバルドラール浦安をご声援いただき、誠にありがとうございます。

昨季プリメーロ所属の中島孝選手は、今季バルドラール浦安セグンドのコーチ兼選手としての登録となります。

引き続き、中島選手およびバルドラール浦安へのご声援、どうぞよろしくお願い申し上げます。

つまりは戦力外通告。勝負の世界でそれ自体はよくあることだが、腑に落ちないのはシーズン開幕を目前としたタイミングでの発表だった。

「『えっ!? まじか…』が正直な気持ちでした。もうどうすることもできなかったので、チームには(考える)時間をくれと伝えましたね」と、中島は当時を振り返る。

アルベルト・リケル監督新体制の下、新シーズンに向けた準備を始めていた中での戦力外通告。今まで積み重ねてきたものが音を立てて崩れ去り、頭が真っ白になるほどの出来事だ。しかし中島は、通達された翌日にはセグンドでやる決断に至ったという。

「それだけ浦安が好きでした。だからこそ、このチームの基盤を作りたい、そのために若いことたちにどれだけアプローチできるかの年になると考えていましたね。カテゴリーは違っても、セグンドで浦安の基盤が作れると思いました。自分のやるべきことをやって、チームに還元しようと思い、セグンドでのプレーを決断しました」

それからの中島は、セグンドの若手たちに自分の経験を余すところなく伝える役割に徹する。言葉で伝えるだけではなく、プレーでも示し、セグンドでの1シーズンを必死で戦った。全ては大好きな浦安を強くするため。

思い描いていたシーズンではなかったはずだが、中島にとってセグンドでのプレーはポジティブな要素が多かったようだ。

「決してマイナスではなかったです。浦安が好きなんだと再確認できましたし、トップが勝てない現状を見て、選手以上に悔しい気持ちでした」

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