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2019.07.16

【インタビュー】「本当は辞めようと思っていた」。日本代表・滝田学が歩んだ悲喜こもごものFリーグ300試合

PHOTO BY軍記ひろし

Fリーグが発足した2007年。当時、関東リーグに所属していた府中アスレティックFC(現:立川・府中アスレティックFC)から、Fリーグに参戦するペスカドーラ町田に移籍した滝田学。当時21歳。現役大学生としてFリーグの舞台に立った。

それから12年。彼のフットサル人生は、決して順風満帆ではなかった。そもそも、Fリーグで駆け出しの頃は、「本当は辞めようと思っていた」と、競技を離れることも考えていたほどだ。しかし、悲喜こもごもを味わいながら歩み続けてきたなかで、彼は日本代表でも、クラブでも、替えの効かない主軸となっていった。

7月26日で33歳を迎える。振り返ればやはり、Fリーグ通算300試合は、簡単な道のりではなかった。

「フットサルって、やればやるだけ楽しくなるんです」

──Fリーグ史上13人目となる通算300試合を達成しました。心境はいかがでしょうか?

あまり300試合を意識していませんでした。個人的にも、こういう記録に喜びを感じられないタイプです(苦笑)。でも300試合は、日本のフットサル界では大台ですし、選手としては、様々なサポートを受けられる環境があったからこそたどり着けたと思っています。サポートしていただいている『スポーツショップGALLERY・2』(ギャラリー2)はもちろんのこと、このチームでプレーさせてもらえていなかったら達成できなかったと思っています。僕自身の喜びというよりも、みんなへの感謝の気持ちの方が大きいです。

──横江怜選手、森谷優太選手に続いて、1つのクラブで300試合を達成した3人目の選手となりました。実は、町田の3人だけがこの記録を達成しています。

その記録については知りませんでしたが、うれしいですね。ただ一番は、どこでプレーしているかというよりも、選手として今でも続けられていることがうれしいです。もちろん、それがペスカドーラだったからここまでできたと思っています。なので、チームやクラブ、ファン・サポーターには感謝しています。

──滝田選手はこれまで大きなケガをすることがありませんでした。その結果として、300試合を積み重ねることができたわけですよね。

ケガはあまりしないですね。最近は大きなケガもありましたが……ケガをしにくい体です。お父さん、お母さんにありがとうですね(笑)。

──今日(7月12日 vs Fリーグ選抜)はサポーターの方々が滝田選手の記録達成を称える横断幕を掲げていました。歴代のユニフォームも飾られていましたね。

(クラブの前身である)カスカヴェウの頃から応援してくれている人も多くて、どこのクラブよりもフットサル愛が強いサポーターだと思っています。欲を言えば、その輪がもっと広がっていってほしいと思っています。応援してくれる人がもっと増えれば、僕らももっと頑張れるし、もっとうれしいです。

──町田で印象に残っている試合はありますか?

2016/2017シーズンのプレーオフですね。シュライカー大阪と戦ったプレーオフ決勝が一番、思い出に残っています。フットサルの試合としてもレベルが高く素晴らしい内容を見せられたと思っています。

──町田がリーグ制覇にもっとも迫った場面でしたね。それだけに悔しさも大きかったのでは?

気持ちの部分でも充実していましたし、だからこそ、負けたことが悔しかったですね。積み重ねてきた結果のことなので仕方ないとも思いましたが、本当に一番、悔しい試合でした。

──遡ること12年前、デビューした当時はどのような想いでプレーされていたか覚えていますか?

「全員倒してやろう」というくらいの気持ちでプレーしていましたね。僕は大学生だったのですが、(バサジィ大分の)仁部屋(和弘)と僕が若くて、調子に乗っていました(笑)。絶対に勝てるだろうって。今よりももっとトゲトゲしていたと思います。

──そう考えると、この12年で成長したと……。

「成長」って、自分で言えることではないですし、成長したとも思っていないですけどね。ただ、12年間を積み重ねてきて、フットサルに対する心境は変化していきました。本当は、大学3年で就職活動をしていて、卒業したらフットサルを辞めるつもりだったんです。そういうなかで、もう一度(就職活動を)やり直して、ギャラリー2と契約させていただきました。サポートしてもらえて、プロとしてできる環境が整ったからこそ、ここまでやれたと思います。一度は辞めようと考えていた自分がここまでできたことはうれしいです。

──滝田選手にとって、この12年間は長かったですか?

長かったですね。でもフットサルって、やればやるだけ楽しくなるんです。確かに、環境面にはまだまだ課題がありますし、「フットサルは夢がない」と言われることもありますが、そんなことはないと思う。今の環境を変えていかなければならないですが、この状況を打ち破って、さらに切り開こうとする人にとっては面白い世界だとも思っています。そもそもフットサルは面白いスポーツですからね。変えるべきことは山ほどありますが、今は充実していて、楽しい選手生活を送っています。

──そんな滝田選手が、12年前の自分にアドバイスを送るとしたら?

自分にアドバイスですか(笑)? 「時間はない」ってことですね。ここまで続けてきた今だからこそわかることがたくさんあります。自分の足りない部分などもわかりますし、あの頃からもっとフットサルに対して真摯に取り組んでいれば、もっと違っていたと思います。選手を続けているからこそ気がつくことがあって、うまい選手はより早く気づいて取り組んでいますし、日々、意識を高く持って過ごしていますから。自分もまだまだ、気づいていないことが山ほどあります。「遊んでいる暇はないよ」と言いたいですね。

──今の町田には素晴らしい若手がいます。そういう気づきを伝える役目もありますよね。

若手選手とコミュニケーションを取って思うのは、本当にいい子だということ。話も真剣に聞いてくれますし、いい子すぎるくらいです。それはポジティブなことである一方で、ネガティブな面もあります。僕がどうだったか言えば、そんなに真面目じゃなかったわけですから(笑)。(若手のために)もっと(環境を)変えてあげなければいけないですし、そのために一緒に頑張らなければいけません。

──300試合を達成して、次は600試合ですね?

うん、絶対にやらないですね(笑)。

──(笑)。具体的な目標は何かありますか?

「何試合出場」というような目標はありません。「チームの一員として今シーズンを戦い抜きたい」と思っているだけです。もちろん、個人的な目標としてはもっと点を取りたいですし、その後に控えているワールドカップに向かって頑張りたいと思っています。

──まもなく33歳になります。ベテランの域ですよね。先のことは考えていますか?

そんなに(選手を)やるつもりはないですよ。ワールドカップに出られるかどうか、メンバーに選ばれるか選ばれないかはわからないですが、そこまでは絶対にやりたいです。その一方では、気持ちの部分でできることと、できないこともあります。家族と話をする必要もありますし、やりたくてもできないことだってあり得ます。だからこそ若手が活躍して、ガンガンやってもらえるようになってほしいなと思っています。

──最後に、一つの節目のタイミングでファン・サポーターにメッセージをお願いします。

最年少の頃からチームに在籍させてもらって、12年が経ちました。良いシーズンも悪いシーズンもあったなかで、みなさんと苦楽を共にしてここまでこれたことはうれしいです。これからもペスカドーラの道は続きますし、僕もまだ頑張るので、一緒に戦ってもらいたいと思います。ペスカドーラはもっと良いチーム、良いクラブになります。自分たちのクラブとして、これからも頑張りましょう!

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