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2021.08.30

強度の高いプレスの旗手、日本代表キャプテン吉川智貴の矜持|ブルーノ・ジャパンの肖像

PHOTO BY高橋学、本田好伸

「動きの速さと、動きの量だ」

監督は説く。

「これは局地戦だ。つまり実力差があっても、ここだけは絶対勝てるというポイントで勝負する……河田弟との1対1なら…絶対に桜木君だ」

説明不要。団体競技の真髄と勝負事の真理を描いた、世界最高のスポーツ漫画からの引用である。さて、バスケットボールの話はとりあえず、愛すべきフットサルの、我らが日本代表の、話をしよう。

スペイン王朝、ブラジル王朝、アルゼンチン王朝に勝つには……。

山王戦の湘北のように、フットサル日本代表も“10回に1回”の試合をしなければならない。総合力で劣る日本が王朝に対抗できるポイントはどこなのか……ヒントは吉川智貴がかつてスペインリーグで示した彼の、そして日本人の、ストロングにある。

「チェイシング、プレッシング。1列目のディフェンスをスペインでは評価してもらえました」と吉川は話す。

「動きの速さと、動きの量なら、絶対に吉川くんですよ」

監督がそう言ったわけではいないが、世界最高峰のリーグが評価し、2019年にアジア最優秀選手賞を受賞した「吉川智貴のスロトング」を生かさない手はない。

事実として、「強度の高いプレス」はブルーノ・ジャパンの代名詞となっている。

すべての団体競技は、時に局地戦であり、常に総力戦である。吉川と同じようなストロングを持つ選手と、それを活かせる選手が、今の日本代表には集まっている。まさに吉川智貴の積分。そうやって日本人のストロングを最大化すれば、あるいは…

勝てますよ。

あんざい……もとい、ブルーノ・ジャパンの肖像──最終回は、我らが日本代表キャプテン・吉川智貴、日本最高の選手の話。

インタビュー=高田宗太郎、本田好伸
文=高田宗太郎

※取材は7月8日に実施しました

オールAを目指した吉川の現在地

今や日本人の絶対値や完成形と称されるフットサルプレーヤーはかつて「目標はオールAの選手」と話してくれたことがある。わき目もふらず競技を探求し、ひたすらに理想を追求する、孤高の存在。そんな古き良き日本人像を、国内合宿の脱落式走力テストで最後まで残り1人走る吉川の姿に、重ねてしまう。


──2019年にアジア最優秀選手賞を獲得しました。もちろん今もアジアでもトップクラス。自分のプレーを誰かと比較したりは?

賞については、自分一人の力では獲れなかったものでもあるので、周りの方への感謝です。2年も前の話ですし。プレーを誰かと比較したりはないですし、してこなかったですね。「自分は自分」という感じでもないですけど、毎試合自分が理想とするプレーを求めてきて、それができなかったときは悔しいですし、そういう気持ちを抱き続けて。それは今も変わってないですね。

──常に理想を追いかけて、そこに辿り着くためにどうすべきか考える。「オールA」を目指す姿勢は今もブレていない。

そうですね。そこは変わらないところだと思います。そこが自分の良さだと思いますね。

──だいぶ「A」がそろって、むしろ「S」も。

いやいや、そんなことないですよ。

──どんな項目?

いっぱいありますよね。大きく分けて、オフェンスとディフェンスですけど、オフェンスでは「ゲームを作る」「チャンスメイク」「1対1の仕掛け」から「シュート」まで持っていくところ、あとは「オフ・ザ・ボール」でいかにいい状況をつくれるか、他にも言い出したらキリがないですね。あと「細かい技術」もそうですね。昔のほうがそこに意識がいきがちでしたね。スペインに行って感じたのが、そこよりも「頭」が大事だなと。基礎技術的な部分、練習中の対面パスなどは日本人もうまいですけど、試合の中ではスペイン人のほうがうまい。もっともっと大事な部分があると感じました。

──2015年からの2シーズン、世界最高峰のスペインリーグで感じたことは?

そもそもやってるフットサルが全然違うと感じました。

──プレーモデルが?

いえ、プレーモデルは大きく変わらないです。今は、代表監督も名古屋の監督もスペイン人ですし、町田の監督もそうですし、北九州の馬場監督もスペインに長くいたので、日本にもスペインの情報が入ってきて、プレーモデルが大きく違う、ということはないですけど、選手一人ひとりの頭の部分は大きな違いがあると感じます。

──以前「世界のトップレベルはもっとダイレクトにゴールへ迫る。そこが一番の違い」と話していましたし、星翔太選手も清水和也選手も同じようなことを言います。たしかにゴール集とかを見たら、一瞬できた細い道を最短距離で狙っている。ちょっと表現が悪いですが、一発で殺しにくるし殺せる。全員“殺傷能力”が高いというか。

おっしゃる通りですね。「能力」と言ったらいいのか、「頭の良さ」と言ったらいいのかわからないですけど、そこが大きな違いだと感じます。

──日本のチームは少し遠回りしている?

そういうシーンが向こうと比べて多いというのが現実だと思います。

──スペインから戻って、それを名古屋や日本代表に落とし込むために、どうやって伝えてきた?

一番は言うよりも行動で示すというところで、自分のプレーを落とさないことを意識してやっていました。気づいたときは話していましたけど、ガミガミ言うタイプではないので。そもそも名古屋は、そういう「ダイレクトにゴールに迫る」感覚を持っている外国籍選手も多いですし、一緒に出ることが多かったので、自分のプレーに専念じゃないですけど、(スペインの基準から)落とさないことを意識してやっていました。

──スペインへ行って、吉川智貴は変わった?

変化はめちゃくちゃありました。行く前はただがむしゃらに感覚でやっていたことが、向こうで「こんなにできないんだ」と。何が足りないのかを考えて、一個一個つぶしていった。あの2年間というのは今の自分にとって欠かせない時間でした。

──名古屋に戻ったのは、オファーがなかったわけではない。

自分で言うのもあれですが、延長のオファーはありました(笑)。ただ名古屋も、連覇が途切れてしまって。自分を送り出してくれたチームですし、元々2年という話だったので、櫻井(嘉人)GMといろいろ話して、もう一度名古屋で頑張ろうという気持ちになりました。

スペインで変わった男が、スペインで評価されたこと

──自分のストロングポイント、スペインでは何が一番評価されました?

1列目のディフェンスは評価されたと思います。

──ファーストディフェンダーとしてのプレッシングですね。「スペインでも評価が高い」と現地の記者に聞いたことがあります。プレスの肝はなんですか? よく「ボールが動く間に何歩寄せられるか、コンディションも大事な要素」と聞きますが、それだけではないですよね。

もちろん、それだけではないです。コンディションも関係ないことはないですけど、コンディションは整えて試合に向かいますからね。これが一番重要というわけではないですけど、足を出すタイミング、寄せるタイミング。タイミングは大事だと思います。

──日本と海外では間合いも違う?

選手によって、ですね。日本にも取りに行きづらい選手はいますし、選手個人の技術によってそれぞれ全然違うという感じです。

──では選手個々の判断力、選択肢の多さについては? 2019年末のスペイン代表との親善試合では日本代表のプレスがなかなか、かからなかった。

選手によってと言いましたけど、スペイン代表選手となれば、やはり日本より技術の高いスーパーな選手ばかりなんで。ただスペインリーグで、となると技術では日本の選手も負けていない、というか日本にもうまい選手はいます。違うのは、それ以外の部分ですね。受ける前にどれだけ次を考えているか、向こうの選手はすごく早い。そういった面だと、プレスは向こうのほうがかけづらいですね。

──頭ですね。スペイン2年間で追求した部分でもある?

はい。最初に取り組んだことは、受ける前にどれだけ判断するか。受けてから考えて、という時間が向こうでは本当にない。どれだけ周りを見れるかに意識を持っていって、自陣ではツータッチかダイレクトでプレーすることを意識して、最初はただただそこにフォーカスしていました。

──オフ・ザ・ボールのときに常に考えていた?

そうですね。どこを走るか。味方のポジション、相手のポジション、そういうのを見ながらボールが入った瞬間にこのプレーをしようという状態をできるだけつくれるようにしていました。

──トップレベルの映像は1.5倍速かと疑うぐらいのプレースピード、判断もフライング気味じゃないと。

日本でもやることは一緒なんですけど、向こうのほうがより強度が高いのでプレースピードも上がります。なので、やることのレベルを1個2個、上げる必要がありました。

──認知と判断の作業をとにかく短く、すっとばして。

練習でどれだけ染み込ませるかだと思いますし、それは今も同じだと思います。

──ほぼ無意識?

いえ、考えていますけど。無意識かぁ、難しいですね。考えてないんですかねぇ……常に決断をしているというか、ボールが来るまでに考えていて、受けたときには決断しているという感覚ですね。

──理想を追求する姿勢、吉川智貴の原点はどこにある?

小さい頃から負けず嫌いで、それがさらに負けず嫌いになったのが草津東高校のときですね。高校に入ったらレベルが高過ぎてついていけなかった。そこで悔しくて、火がついた感じですかね。めちゃくちゃ練習するヤツが身近にいて、そいつとずっと練習して、そのときに今の習慣ができあがりました。

──高校では最終的に逆転できた?

高校に入るまではJリーガーになる夢はありましたが、入った瞬間にこんなんじゃ無理だと。ズタズタでした。3年までにAチームで試合に出ることを目標に頑張って、レギュラーをとって満足しました。

──室田祐希選手も青森山田高校で「無理だ」と思い中退したと。それが一番の挫折だったと。

ああ、そういう思いは感じましたね。中学の頃は勘違いしていました。Jリーガーになれるんだろうな、なるぞ、という感じでしたし、うまいやつがそんなにいると思っていませんでした。

──負けず嫌いが努力してレギュラーをとる、という高校での成功体験は吉川選手の源?

それは間違いないですね。

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