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強度の高いプレスの旗手、日本代表キャプテン吉川智貴の矜持|ブルーノ・ジャパンの肖像

PHOTO BY高橋学、本田好伸

「史上最強の代表」。これは今のチームではなく5年前、W杯最終予選に臨むチームに与えられた称号である。だが、史上最強の代表は潤沢なアジア5枠に入れず、コロンビアW杯出場を逃してしまう。運に見放された悲劇、というよりは、自らが招いたしくじり、だった。

あの場で、時計を止めてしまった当事者の1人である代表歴8年の吉川は、9年ぶりに出場する国のキャプテンとして、自身初のW杯に挑む。

自分の不甲斐なさと負けたシーンが頭に残っている

──最終メンバー発表前の現時点(7月8日)では話しづらいこともあると思いますが、ようやく日本代表の話を。今大会は2016年のリベンジという気持ちもあるのでは?

それはもちろんありますね。5年前、自分たちの責任でW杯に出られなくなって、日本フットサル界も止まってしまった。またここから動かさないといけない、この大会で結果を残さないといけない。チームとしてまとまって、いい試合をして、いいところまで行きたいという思いが常々あります。

──5年前の悔しさと教訓がある。

そのときの悔しさがずっとありますし、自分の不甲斐なさが常に頭にある。それは5年経っても離れないし、それをむしろ糧にしています。教訓にしないといけないのは、やっぱり、一人ひとりの気持ちの持ち方。気の緩みというのは一番やってはいけないことだった、と。「気持ちの持ち方が大切で、それによって結果が変わる可能性がある」。それは教訓としてやっていかないといけない。

──敗因は気持ち?

そう思います。

──当時の、ベトナム戦前の気持ちは?

W杯出場が決まる試合だったので、当然勝つつもりでいましたし、どこかで勝てるだろうという気持ちが、正直あった。その気持ちが隙となって、ああいう結果に。

──プレーオフは翌日でした。

切り替えたつもりでした。やるしかないしキルギスに勝って、その次も勝てばW杯へ行けると。でもチームとしてうまく波に乗れないというか、後手を踏むような感覚があった。ちょっとやばいかなという感覚が、試合時間を重ねるごとに大きくなっていって。

──2点、3点リードされても名古屋では焦らないが、あのときは。

完全に焦っていましたし、焦って普段のプレーができずいい方向に転ばなかった。流れをこっちに一度も引き寄せられなかった。

──「アジア選手権」「W杯」と聞くと思い出す?

そのフレーズを聞かなくても頭の片隅に、負けたシーンがずっと残っていて、常にそれに引っ張られているわけじゃないですけど、フラッシュバックしてくる感じです。


──ブルーノ・ジャパンの話に移ります。2018年のアジア選手権の後、新キャプテンに就任しました。

海外遠征のときに呼ばれて「キャプテンはお前で行こうと思っている」と言われいろいろ話して「やります」と。

──どんな言葉を。

いろいろな話をして、言葉をかけてもらっていますが、その言葉は自分の中に留めておきたいです。とにかく信頼を感じるし、それに応えなければいけない。このW杯でチームをまとめて、自分もいいパフォーマンスをして、ブルーノに少しでも恩返ししたいと思っています。

──自分はどんなキャプテンですか?

どうなんですかね。僕は僕らしくというところがありますけど。ピッチ外では特別やることは正直ないというか、みんな大人ですし年齢が自分より上の選手もいっぱいいるので、自分がガミガミ言うことはないです。ふざけたり、真面目な話をしたり、雰囲気を見ながらチームを一つにしていくというか、ファミリーとしていい方向に進んでいくように舵切りをしていきたいですね。ピッチでは、チームが苦しい状況のときこそ、自分が引っ張っていかないといけないと常に考えています。

──このW杯を選手としての集大成にしたい。

もう一度出られるなら出たい気持ちはありますけど、集大成と言われれば……うーん。

──2016年からの代表チームの区切り、として。

そうですね。集大成というより、個人的には一つの区切りだと思います。先ほども話しましたが、止めてしまった日本フットサルをもう一度、チーム一丸となって、いいところまで行きたいと思っています。

 

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