更新日時:2023.07.07
ベルファームの発起人は、湘南のスポンサー企業。「このクラブはおもしろくなる」一燈会・山室淳理事長はなぜベルマーレとタッグを組んだのか?|Fリーグクラブ特集
PHOTO BYSPORTS TECH TOKYO、一燈会、大西浩太郎
湘南ベルマーレと社会福祉法人「一燈会」が共同で取り組んでいる『ベルファーム』が、イノベーションリーグ2022で大賞を受賞した。これは、すごいことだ。
スポーツ庁が創設したコンテストは、スポーツがビジネスや社会課題、テクノロジーとつながることで、生み出す新しい価値を評価し、新しいムーブメントを支援する施策だ。2020、2021はそれぞれ、アシックスやGoogleといった大企業が大賞を受賞している。
2022シーズンから湘南の社長を務める佐藤伸也社長と共に、ベルファームを興したのは、クラブのオフィシャルスポンサーである「一燈会」の山室淳理事長である。スポーツと農業、福祉を掛け合わせ、障がい者や高齢者を支援するこの取り組みは、どのようにして生まれたのか。山室理事長に話を伺った。
インタビュー=北健一郎、編集=大西浩太郎
※インタビューは5月9日に実施しました
出会いのきっかけは理事長の息子さん!?
──一燈会と湘南ベルマーレはどのように出会ったんですか?
山室 株式会社古川の古川剛士社長が、ベルマーレの社長も兼務していた当時、私たちの事業を通して交流が生まれました。最初は試合の観戦チケットをいただき、スタッフとは試合会場に何度も足を運んでいたので、関係が深まっていきました。
──最初は「ファン」のような立ち位置だったんですね。
山室 実はその頃、私の子どもがロンドリーナに所属していました。気づかれないようにしていたのですが、古川社長に見つかってしまった。案の定、協力を仰がれるようになったことが本当の始まりです(笑)。当時の私はユニフォームに名前を載せるようなスポンサーには興味がなく、純粋にフットサルクラブの育成世代に力を注ぎたいと考えていました。
育成カテゴリーがきちんとしていないと安定的にトップに選手を輩出して、優勝争いを続けられるチームを作れないと思っていたので、人を育てるサポートをするためにサテライトチームとユースチームの支援を始めました。
──広告価値を考えてスポンサーを始めたわけではなかった。
山室 そうです。育成カテゴリーの支援はチームが求めているところでもありましたし、長く安定的にトップを目指せるクラブにしていってもらいたいと考え、応援したいな、と。
──トップチームのスポンサーには?
山室 毎年、育成組織の練習着スポンサーとして費用を出していましたが、当時は全く、トップチームの支援に興味がありませんでしたね(苦笑)。
──一燈会はロドリゴ選手と「魔法のランプ契約」を締結されていましたよね。これはどのようなきっかけがあったのでしょうか?
山室 きっかけはクラブの財政的な事情にありました。ロドリゴ選手との契約を続けるための費用を生み出すのが難しくなってきたということで、声がかかりました。
現在、グループ会社を含めてベルマーレの選手が6、7人ほど働いているのですが、フットサル選手としての価値を上げるにはやはり、フットサルに専念できる環境が必要ですよね。選手のパフォーマンス向上に貢献したいと思って始めたのが「魔法のランプ契約」です。ある意味で「プロ」と同じですが、企業に個人を応援してもらうという取り組みですね。
──ロドリゴ選手はその結果、フットサルに専念できるように?
山室 その契約だけで、ということではなかったですね。彼は育成組織のスクールコーチとしてもクラブからお金を得ていたので、それに加えて「魔法のランプ契約」があったという感じです。仕事の時間が減れば、競技と向き合う時間が増え、パフォーマンスが上がっていきます。少額でも、私たちと同様に「魔法のランプ契約」で彼を支援していた企業もあります。この応援の方法がもっと広がればいいなと思います。
障がいを持つ子どもやお年寄りがファンになる
──現状、それだけで競技に専念できる「プロ選手」が少数派であるFリーグについてはどのように感じていますか?
山室 私自身はそのことについてお話できるような立場ではないですけど、Fリーグを盛り上げていきたいという思いは持っています。スポーツが地域の一体感を生み出しますし、地域の経済活動において、大きな起爆剤になっている事実もありますから。フットサルを含め、スポーツがもっと地域を輝かせいける存在になるといいなと感じています。
──湘南の選手は、障がいを持つ方やお年寄りとのつながりを大事にしていますよね。
山室 私たちのグループ企業で働く選手には「自分のファンを作れ」と話しています。障がいを持つお子さんを通じて、その両親ともつながれる。高齢の方も、普段関わっている子がフットサルで活躍していることを知ると、彼らの応援を生きがいに感じるようになります。今シーズンは「推しメン企画」も考えています。応援する風土や文化をどのように作るかは問題ですが、以前、お年寄りがユニフォームを着た選手と触れ合った際に、気持ちが高揚して、すごく元気になっている姿が印象的でした。交流できる機会をもっと生み出していきたいです。
──ある意味で、孫を応援するような。障がいのある子どもたちもファンになっていますか?
山室 以前、障がいを抱える子どもたち10人くらいを連れてフットサルの応援に行ったことがあります。会場に鳴り響く大きな音に驚いてしまう子もいたのですが、半分以上の子たちは身を乗り出して応援していましたね。いつも関わってくれているスタッフが、トップチームの選手としてピッチ上で活躍する姿を見て、めちゃくちゃ興奮していたようです。それだけではなく、子どもたちが私たちのサービスに対しても意欲的になりました。しかも、聞くところによると、家に帰ってからも両親の言うことをよく聞くようになったとか。そういった事例もあって、障がい者や高齢者介護とスポーツとの関わりには大きな期待を抱いています。
高値でも飛ぶように売れるベルファームの野菜
──「ベルファーム」は、金銭的に支援するスポンサーからさらに踏み込んだクラブとの取り組みです。佐藤社長にも話を伺いましたが、始めたきっかけはなんだったのでしょう?
山室 お酒の席ですね(笑)。佐藤さんと飲む機会があると「次は何を仕掛けようか」「もっとできることはないか」「どうしたら障がいを抱えた方に自信や誇りを感じてもらえるか」などといつも話しています。地域の活動に参加することは、障がい者にとって「社会貢献」を実感できる機会だということもあり農業と福祉を掛け合わせる「農福連携」を考えました。
農業の基本的なビジネスとして、5ヘクタール以上の農地がないと黒字化するのは難しいことです。一方で、私たちが所有している農地はたった1.5ヘクタール。つまり、大赤字です(苦笑)。障がい者サービスは黒字ですけど、農業単体では赤字なので、利益を農業に費やしているという現状がありました。
このままの仕組みでは継続できないので、農業に価値を生み出し、黒字にして、なおかつ、働く人に誇りを持ってもらえる仕組みが必要だなと。それで始めたのが「ベルファーム」です。「一燈会」という企業名ではなく「ベルマーレ」として活動することで、そこに参加する障がい者も「湘南ベルマーレ」の一員となれる。それがとても重要な価値ですから、誇りを感じてもらえるようなコンセプトで設計しました。
──まずは働く人に価値や誇りを感じてもらえるようにしたんですね。黒字化への目処は立っていますか?
山室 今はまだ黒字化に届いていません。先ほどお話ししたように、農作物を生産するだけの一次産業だけで利益を出すにはある程度の規模が必要になってしまいます。しかし、幸いにも、私たちには「セントラルキッチン」など、食事を作れるグループ会社もありますから、加工もできます。栽培して、加工して、販売する。つまり、農業の1次産業だけでなく、製造・加工の2次産業、サービス・販売の3次産業を一体化する6次産業によって黒字化を目指しています。
──ベルファームの野菜をホームゲームで高値で販売したところ、飛ぶように売れたとか。
山室 実際、非常に高い、詐欺のような値段です(笑)。通常の3倍くらいの価格ですからね。里芋が1300円くらい(笑)。ただし、そこには選手のブロマイドや、普段は見ることのできない選手の動画などの付加価値を設け、選手の活動費にも協力できるような仕組みにしています。基本的には試合会場でしか高価で売れないですが、ファンの方々は、選手のためならばと買ってくださいます。その方たちが「こんな料理を作りました」とSNSなどで拡散してくださいました。まさかこんなに広がるとは思ってもいなかったです。
誰でも、どこの地域でも真似ができる仕組み
──スポーツ庁が主催するイノベーションリーグ2022で「ベルファーム」が大賞を受賞しました。その時の気持ちをお聞かせください。
山室 イノベーションリーグに応募することはクラブから事前に教えてもらっていたのですが、正直、よくわかっていませんでした。忘れていた頃に突然、佐藤さんから電話がかかってきて「最終選考に残りましたよ」と。そこで初めて、事の大きさに気づきました(笑)。
佐藤さんとも話しましたが、大賞を受賞できた大きな理由は、ストーリーが確立されていることだと思います。どこの地域でも全く同じことができる。あらゆる地域で同じような問題・課題がありますから、特殊な技術を必要とせず、スポーツの力を借りながら解決できることが評価されたんだと思います。
──佐藤社長も「再現性」がこの取り組みの価値だと話していました。
山室 まさに「誰でも真似できる」「どの地域でもできる」ことは評価をいただいたポイントだと思います。私も佐藤さんも、他の地域で取り入れたいという方たちがいれば、ノウハウはすべて提供しますというスタンスです。そういう方がいればぜひ協力したいです。
ベルマーレは、少しずつ成長していけるクラブ
──そもそも「社会貢献活動」と「チーム強化」はリンクしづらいですよね。
山室 まさにそこは相反するものだと思います。安全性と快適性が別軸にある車と同じようなもので、異なる性能を高めるのは簡単ではありません。ですが、難しいからこそ、そこが自分たちの強みに変わっていく。そんなふうに考えて取り組んでいます。
──選手としては、「なぜ社会課題の解決をしないといけないの?」と思うかもしれません。
山室 そう考える選手もいると思います。ただ、一流の人は、どんなことにも積極的に取り組みますよね。選手でいられる期間は有限ですから、その後の人生になにがプラスになるかという視点は大切です。目の前のことを大事にする選手はそこに専念するのがいいと思います。しかし、デュアルキャリアであったり、引退した後の人生を見据えたりする選択肢を持てることが、ベルマーレの魅力だと思います。
──Fリーグにとっても、全チームのプロ化は簡単ではありません。地域がクラブになにを求めているかは、湘南の取り組みを見れば、そこにヒントがあるように感じます。
山室 私たちも答えがわかっているわけではなく、できることを考えながら必死にやっています。うまくいくことも、そうではないこともある。それでも、少しずつ成長していくことが大事です。私たちはクラブにも、地域にも、できる限り協力するというスタンスです。
今シーズンのベルマーレはおもしろくなる
──ロドリゴ選手は移籍しましたが、今シーズンはどんな期待をもっていますか?
山室 クラブとして、社会課題の解決についてどうしていくべきか見えてきたと思いますから、引き続き突き進んでほしいですね。もちろん、一緒になって取り組んでもいきます。
ピッチの中のことで言えば、昨年「アジアチャンピオンを目指す」と話していました。最初は驚きましたが、そこに向けて信念を持ってやっている姿を見ていますから、確実に近づいているはずです。リーグ2位になった2021シーズンを受け、昨年は研究される立場になったことで、昨シーズンは苦しんだと思います。そんな戦いを受け、今シーズンは主力だったロドリゴもいなくなり、中堅選手も自分たちがやらなきゃと奮起しているはずです。今シーズンのベルマーレはきっと、おもしろいことになると期待しています。
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