SAL

フットサル全力応援メディア

MENU

2018.11.19

【激レアさんが教える2020W杯リトアニアの歩き方①】実はバスケの国!? 過去には欧州一の大国!? 未知の国リトアニアを知る

PHOTO BY丸山龍也

2020年に行われるフットサル・ワールドカップ。日本は自国開催を目指したが、10月26日に国際サッカー連盟(FIFA)はリトアニアでの開催を発表した。

リトアニアは我々、日本人にとっては馴染みが薄く、2年後に行われる4年に1度の祭典に向けて、不安な気持ちを募らせている方も多いのではないだろうか。そこでSAL編集部では、日本人で1番リトアニアのことを知っているであろうある人物を調べ、その方との接触に成功した。

Jリーグを経由せずにスリランカの地でプロサッカー選手となり、2015年にリトアニアの2部リーグでプレー。最近ではテレビ朝日の「激レアさんを連れてきた」のも登場した、丸山龍也さん。日本で1番リトアニアを知る丸山さんからリトアニアについて話を聞いた。

リトアニア人はお酒を飲むと変わる!?

──今回、フットサルワールドカップの開催がリトアニアに決定しましたが、多くの日本人にとって馴染みが薄い国です。そんな中、丸山さんはSNSでリトアニア開催を喜ぶコメントを残されていましたが、リトアニアについて教えていただければと思います。

リトアニアはまずバスケの国です。例えば日本に味の素スタジアムがあるじゃないですか。あの隣に新しい体育館がありますよね。地方でもそうだと思うんですが、大きな陸上競技場などのスタジアムがあって、その隣に体育館があります。

リトアニアの全てがそうだというわけではありませんが、まずは立派な体育館があって、そのおまけとしてスタジアムがあります。ただ、国自体が300万人(約325万人)くらいなので、そういう施設が日本のようにたくさんあるわけではありません。

遠征で回ってみると、着替えるのは体育館のロッカールームで着替えて、試合となればその立派な体育館を横目に見ながらボコボコの芝の上でサッカーをするところもありました。それくらいバスケが盛んな国です。

また、リトアニアってソ連から一番最初に独立した国です。もっと歴史をたどるとリトアニアは欧州で一番大きな国だった時代があります(13世紀から1795年にリトアニア大公国として欧州を支配)。なので、プライドも高く、また独立した直後のバスケットの試合でロシアに勝ってメダルを取りました(編集部注釈:リトアニアは1990年にロシアから独立後、1992年に行われたバルセロナ五輪のバスケット競技で3位に入賞。順位決定戦では、ロシア人選手を中心に構成されたEUN選手団に勝利してメダルを獲得している)。

この試合で、小さな国がロシアにバスケで勝ったことで国が盛り上がったようです。そこからずっとバスケの国なようで、基本的にサッカーは2番目のスポーツ。隣のラトビアも似ていて、1番はアイスホッケーですがサッカーは2番目。北欧の国の全体的に言えるのですがサッカーは1番目のスポーツではありません。

とはいえ、女の子とかはサッカーをやっている子が多いです。アメリカとかも女子サッカーが人気なようですが、同じような感じです。僕らが練習終わる頃に女子チームが来てスクールや大人の練習をやっています。なので、ほどほどにサッカーはやるんだなと。だからサッカーは2番目もスポーツです。そして国はとても寒いんですよ。

──ウィキペディア情報だと冬も温暖だと書いてありましたが…。

誰が書いてるんですか(笑)9月に試合があったんですが、それはナイターでその時期にはすでにマイナス3度でしたよ。僕も9月で油断していて、スパッツも無しに半ズボンでプレーしていました。吐く息も白くて、凍えそうな寒さの中でプレーしていて、ミスすると怒られるわけですよ。「マル! 何やっているんだ!」って。それに腹が立ってきて。大の大人が、22人も集まってこんな寒い中に何をやってるんだろうと(笑)やる気がなくなってしまうくらい寒かったですね。

夏は10日くらいしかなかった印象です。8月にガッと暑くなってそこから急に寒くなる。なので、一年中ダウンジャケットを着ていました。今回の大会はいつ行われるんですか?

──ワールドカップは9月12日から10月4日までです。

昼は暖かいでしょうが、夜は冷え込みますね。ユニクロのウルトラライトダウンくらいは持って行った方が良いですね。あとは、リトアニア人はとても暗いです。

──えっ!?(笑)

暗いというか、笑わないんですよ。例えば、昔の方たちならばロシア人は怖いってイメージを持っていると思います。多分、それってこういうことだなと。

──今年行われたロシア・ワールドカップではロシア人の印象が大きく変わりました。明るく人に優しいイメージでした。でもリトアニアは暗い感じですか。

そうですね。僕やチームメートのアフリカ人などは、早く馴染みたくてボケたりするわけですよ。でも失笑で。ラテンとは違うノリです。

また、調べればわかると思うんですが、自殺率に関しても日本に負けないくらい高いです。なかなか笑わないので印象は怖いですし、受け入れられていないように感じます。嫌なやつではないのですが、頑固者でぶすっとしているおじいちゃんのような人が多めな印象です。

女の子はとても可愛いです。イタリア人のチームメートがいたんですが、イタリアの女性も綺麗じゃないですか? そのイタリア人でさえも「リトアニアは可愛い」って言っていましたね。

ただ、彼らはウォッカが入ると性格が真逆になります。お酒が入り、クラブに行くと本当にガラッと変わりますね。貞操観念のかけらもないような(笑)。そのイタリア人は言葉も通じないのに、すぐにリトアニア人の彼女ができました。

──お酒が一つのコミュニケーションツールですね。リトアニアの町についても聞かせてください。

リトアニアの首都はヴィリニュスっていう町です。僕が住んでいたのはタウラゲっていう都市で、首都までバスで4〜5時間かかります。ヴィリニュスの次にカウナスっていう町があって、そちらの方が少し近かったです。ヴィリニュスにはサッカー協会があり、リトアニアの試合が組まれるのもその町でした。

──そこが東京の様なイメージですか。

いわゆる北欧の綺麗なレンガで作られた様な家が立ち並んでいます。東京だと、看板がキラキラした様な町並みですが、ヴィリニュスにはそんなに看板が並んでいる様なことはありません。デザインの中に文字がうまく収まっているというか。そしてそこではみんなでクラブに行く感じですね。

──小さい町でもクラブがあるんですか。

そうですね。僕もリトアニア人の彼女がいたんですが(笑)それもクラブに行ってからです。向こうではクラブに行く感覚が、こちらでいう居酒屋に行く感覚。試合が終わればクラブに行く。監督も一緒に行きましたね。イタリア人の監督だったんですけど、ムカつくやつで(笑)。クラブでわーってなっている中で、後ろからパァーンって叩かれたりしていましたね(笑)。

ただ、クラブに行っても言葉が喋れません。リトアニアはリトアニア語なんですが、挨拶は「ラバディエナ(=こんにちは)」です。他は全然覚えていないですけど。ただ、ウクライナ人やロシア人が来るとロシア語で話します。リトアニア語、ロシア語ができて、みんな学校に行っているので誰もが英語がぺらぺらなんです。結構な不良でも教育水準が高いなと感じましたね。

その時リトアニア人から聞いた話なので本当かどうかわかりませんが、リトアニアは資源が何もない国です。なので教育に力を入れていて、大学の進学率がヨーロッパの中でも高い様です。コミュニケーションを取れないとヨーロッパの中ではやってけないという方針があるんでしょうね。なので、みんなロシア語、英語、リトアニア語、それに加えてもう1つ話せるような。言葉はすごくできますね。

──丸山さんは主に英語を使っていたんですか? 英語が話せればリトアニア人とは結構コミュニケーションを取れそうですか。

できますね。

──日本人は、東欧の人たちとコミュニケーションを取るためにはロシア語ができないといけないと思ってしまいます。

おっさん達ならロシア語が喋れないといけないかもしれません。30代、40代より若い人たちはほとんど英語が喋られます。

──ロシアも大学生はみんな英語を喋ることができていました。

それと似ていますよね。それで結局クラブの話ですが、行ってもつまらないんですよ。英語で話していても、盛り上がって来ると相手にしてくれなくなるので、隅っこでつまんなそうにしていて、「クラブに行ってもつまらないな」なんて時もありました。

それで家に戻るなんてなった時に、4人乗りの車の中に8人で乗って。車内は本当にギュウギュウで(笑)。タイやスリランカではそういうこともしましたけど、ヨーロッパに来てもやるのかと。そこで一緒の方面なんだーなんて言って仲良くなった女の子がいました。さっきのイタリア人が付き合っていたリトアニア人の子の親友です。なので4人1組のような感じで仲良くしていたら、そのまま付き合うことになりました。

誕生日を聞かれて、僕は7月4日なのでそう答えたんです。そしたら、わっとなって頭を抱え始めて「信じられない」と言うわけです。なんでそんなこと言うんだろうなと思って「どうしたの」って聞いたら「去年のあなたの誕生日の日にお父さんが死んだの」と。重いなーと。「生まれ変わり?」なんて言われたんですけど、僕はもっと前から生まれているんでね(笑)。コミュニケーションはこんな感じなので、逆に僕も英語を覚えましたよ。

(第2回に続く)


◆プロフィール
丸山龍也
横浜市にある横浜港北SCでサッカーを始め、高校を卒業した2011年にアンソメット岩手・八幡平に加入。2013年からはラインメール青森でプレーするなどJリーグでのプレーはなかった。しかし2014年にスリランカのニューヤングスFCでプロ契約を結ぶ。2015年にはリトアニアのFKタウラス・タウラゲでもプレーし、スペインへのトライを機に現役を引退。現在は、株式会社ワンディエゴ丸出版社で代表取締役社長兼COOとして活躍。Jリーグを舞台とする漫画を製作している。

ツイッターアカウント
丸山龍也@マンガで世界制覇&プロなろの子を全員プロにする
@maru_ryuya

Bitnami