【コラム】家康公が出世した街・浜松で始まった物語。立川・府中の新井裕生は、フットサルの天下取りに挑む。
PHOTO BY軍記ひろし
壁を超えたら、また一回り強くなれる
Fリーグ選抜で学んだもう一つは「自主性」だ。
新井は昨シーズンの戦いのなかで、よくこんなことを話していた。「この環境を生かすも殺すも自分次第」。2部練習やフットサルに専念できる寮生活など、Fリーグ選抜には誰もがうらやむような「環境」が与えられていた。しかし、享受するだけではなく、自分で何かを得ようとする試行錯誤が大切だったと言う。
「僕らの年代の選手が、F1という高いレベルであれほど出場できる機会は、普通であればありえません。だからこそ、1分、1秒を大切にできるか。ピッチでしかわからないこと、感じられないことはたくさんあります。そのなかで何をできるのかと問い続けました。僕はピヴォというポジションを与えられて、考えながらピッチに立ちました。試行錯誤しながらプレーを続けていました」
自分が置かれている状況をただ受け入れるのではなく、常に疑問を抱くこと。常に進化すること。そういう自分で自分自身をブラッシュアップする作業がない限り、この舞台で戦えないことを学んだのだ。
フットサルだけに没頭できた昨シーズンを終えて、立川・府中でプレーする今は、改めて大きく状況が変化した。普段は、企業の正社員として働きながらピッチに立っているのだという。午前中にチームでトレーニングをして、午後から会社で働く毎日。しかし、「生かすも殺すも自分次第」という考えに変化はない。
「今は週5で働いているので、そこは去年とは違いますし、うまくいっていない理由でもあります。でも、ここで弱音を吐いていても始まりません。環境のせいにしても仕事量が減るわけではないですし、プロの環境を手に入れられるわけではない。でも、この壁を超えたらきっと、また一回り強くなれると思います」
「一回り強くなる」。その言葉に、新井は語気を強める。
「チームは主力が抜けた影響などもあって結果が出ていないと思われています。本当なら僕や充哉が、ベテランが抜けても負けないようにプレーしなければいけません。自分たちの世代が中心となる時代はすぐそこにありますから、今のままではベテラン選手も不安だと思います。『もう引退してくれていいですよ』と言えるくらいにならないと、先輩も気持ちよく引退できないでしょう。だからまだまだ、やるべきことは多い」
チームには、今年で40歳を迎える最年長の完山徹一や、“立川・府中のキング”皆本晃、ストライカー・渡邉知晃など、クラブを象徴するベテラン選手が第一線でプレーを続けている。新井が目指しているのは、紛れもなく「世代交代」だ。「次のキングは俺だ」と言わんばかりの決意が、彼の胸にはある。
思い返せば、彼の成長意欲は、Fリーグのキャリアを積んだ出世の街・浜松で加速した。
「本当にいい人たちでしたし、尊敬しています。今でも(F2で戦う浜松の)結果は気にしています。もちろん恩も感じています。浜松が出世の街だからということもありますが、出世することが恩返しです」
かの家康公は時に、こんな名言を残している。
「人は負けることを知りて、人より勝れり」
悔しさを知り、敗北に学んだからこそ、強くなれる──。新井は、フットサルの天下取りに挑み続ける。
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