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2020.05.02

【新加入選手インタビュー/磯村直樹】サッカー一家の長男がオーシャンズでトップ昇格するまで。「先輩に騙されるようにして、フットサルを始めました(笑)」

PHOTO BY軍記ひろし

Fリーグ選抜の戦いを終えて、磯村直樹は名古屋オーシャンズのトップ昇格を勝ち取った。

父はNGUラブリッジ名古屋の監督で、母もかつてはプレーヤー。そんなサッカー一家に生まれた磯村は、名古屋グランパスU-12、グランパス三好FC、藤枝明誠高校、東海学園大学と、全国的にも名前が知れた強豪チームでサッカーを続けてきた。

キャリアだけを見れば順風満帆だが、挫折も多かったという。

それでもサッカーから離れなかったのは、なぜなのか。一つだけ明らかなのは、ボールを蹴り続けていたからこそ、競技フットサルにも出会うことができたということ。

磯村は、小学生時代のチームメートである大学の先輩・山田翔司に騙されるようにして始めたフットサルで、日本最高峰のチームの一員になってしまったのだ。

サッカー一家の長男がトップ昇格を手にするまで。その等身大のヒストリーを追う。

幼少期からサッカーが身近にある環境

──トップチーム昇格おめでとうございます。昇格を伝えられた際の心境を覚えていますか?

自分が目標にしていたことなので「やってやろう!」という気持ちになりましたね。「やっとか」という想いが一番強かったと思います。

──昇格を伝えられたのはいつですか?

正式に言われたのはシーズン終了後の1月末くらいですね。ご飯を食べに行った際に偶然、櫻井(嘉人)GMとお会いして、「イソ、来シーズンは寮が2人部屋になるからな」って。それは、(サテライトは23歳以下で構成されているため昇格しなければ寮は使えなかったので)遠回しにトップチーム昇格ということなんです(笑)。

──磯村選手は大学までサッカーをしていて2015年からフットサルを始めました。サッカーはいつから始めたのでしょうか?

チームに入ったのは小学1年生ですが、幼稚園に入る前からボールを蹴っていました。

──磯村選手のお父さんは、NGUラブリッジ名古屋で監督を務めています。いわゆるサッカー一家に生まれ育ったことで、身近にボールがある環境だった。

そうです。僕が小さい頃から父はサッカーのコーチをやっていましたし、母もサッカー選手だったので。そういうのもあってボールと触れ合う時期は早かったと思います。

──具体的に、どういった家庭環境で育っていったのでしょう。

2人の弟もサッカーをしているので、本当にサッカー一家ですよね。住んでいた団地もサッカーをしている先輩や友達が多くて、家の前の芝生のある大きい公園で朝から夜までずっとボールを蹴っていました。

──名古屋グランパスU-9でもプレーされていましたよね。

最初は三好のスクールで1年プレーした後にセレクションを受けて、グランパスの育成普及部へ入団しました。ですがそこでは公式戦とかにほとんど出られませんでした。U-12を卒業するときに、U-15ではなく、グランパス三好FCに進みました。

──三好FCはグランパスの育成組織ではなくアカデミーのような立ち位置のクラブですよね。

U-15に上がれなかったU-12の選手と、愛知県内の各スクールの中でセレクションをして受かった選手が合わさって活動しているクラブですね。そこではプロを目指しながらプレーしている選手も多かったですし、チームとしても上を目指して取り組んでいました。高円宮杯やクラブユース選手権では東海大会出場が目標で、モチベーションの高いチームだったと思います。

──ちなみに、当時のポジションは?

中学生のときはトップ下で、小学生のときは左サイドバックでした。

【次ページ】2失点に絡んで前半32分で交代した記憶

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