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2022.02.10

34歳の“オールドルーキー”が、日本のヒーローになる日 |しょうこの心情系人物コラム

PHOTO BY高橋学

1月26日、日本代表は木暮賢一郎監督就任後、初のトレーニングマッチを行った。Y.S.C.C.横浜とのゲームで、木暮体制となって初めてのゴールを挙げたのは、2回連続で招集されているクレパウジ・ヴィニシウスだ。

「バナナ」の愛称で親しまれているヴィニシウスは、ブラジル・サンパウロ生まれ。昨年行われたFIFAフットサルW杯を終え新たなスタートを切った日本代表に、34歳で初招集を受けた。

木暮監督にとって替えが効かない選手

年齢だけが指標ではないとはいえ、この招集には驚いた。

木暮監督は就任以来たびたび、「同等のレベルであれば、より年齢が若い選手を選ぶ」と話している。アジアの戦いを勝ち抜き、2024年に予定されているW杯でこれまで成し遂げられなかったベスト8以上の成績を残す。それだけではなく、その次の大会やフットサル界の未来を考えれば、当然の選択だ。そのなかで、1度ならず2度目も招集されているということは、現時点でのヴィニシウスは、木暮監督にとって替えが効かない選手なのだろう。

ヴィニシウスには2人のお子さんがいる。来年から小学生になるという娘さんは、いつもかわいいお洋服を着ていて、小さなお姫様のようだ。息子さんは2、3歳だと思うが、試合が終わり取材を受けているヴィニシウスにちょこちょこと走り寄って来て、その足にしがみつく。パパが大好きで待ち切れないという気持ちが伝わってきて、とてもほほえましい。

「すみません」と声をかけてくれる奥さまは、とても料理上手だそうだ。そう話しているときのヴィニシウスは、穏やかな表情を見せる。強烈なシュートを放ち、ベンチから仲間を叱咤激励し、時には「ファウルでしょ!」と声を荒げるピッチ上での姿とは対照的だ。

ヴィニシウスは2011年に24歳で来日し、シュライカー大阪に7シーズン在籍した。大阪は第二の故郷のようで、「大阪に帰ったときには」と自然と口をついて出る。大阪は「行く」場所ではなく「帰る」場所なのだ。サンパウロは東京に似ていてさまざまな国の料理が食べられるということを、ヴィニシウスに教えてもらった。サンパウロで食べられる日本食はお寿司や天ぷらであり、来日してお好み焼きやうどんを食べたときのほうが感動した、ということも。そして、ほとんどの日本料理は食べられるが、納豆だけは食べられないらしい。私は生粋の日本人だが、納豆が食べられない。それで、「分かる、分かる!」と盛り上がった。

この「生活の話で盛り上がる」って、結構すごいことだと思っている。私も一応、取材者の端くれなので、これまで数々の試合後会見に参加してきた。だから、スペイン人監督が投げかける「por qué(なぜ)」や、会見で頻出する「Partido(試合)」、「Contenta(うれしい)」という単語、パラレラやクアトロなど戦術に関わる単語であれば、聞き取ることができる。

でも、それは「フットサルの試合後」という限定された状況で反復練習ができるからであって、家庭内で母国語を使い、チームメートにもポルトガル語やスペイン語の話者がいる環境でこれだけ日本語や日本の文化に馴染んでいるというのは、やはり努力の賜物だと思う。

以前、イゴールの記事でも触れたが、Fリーグでプレーする外国籍選手や帰化選手は互いに日本語で会話をするなど、本当にみんな勤勉だ。

昨年12月に行われた木暮監督就任後初めての合宿では、木暮監督がトレーニングのメニューを説明する際の相手役をヴィニシウスが務めていた。大阪時代に4年間、木暮監督のもとでプレーしていたので、お互いを理解する仲として信頼されているのだろう。

ヴィニシウスが2015/2016シーズンに31試合・48得点で得点王に輝いたのも木暮監督時代だったし、木暮監督が最後に大阪で指揮を執った2017/2018シーズンのプレーオフ4位・5位決定戦では、ヴィニシウスがハットトリックを決めていた。これまで守備に定評があった日本代表を攻撃のチームに進化させようとしている木暮監督と、自身も攻撃的なフットサルが好きだというヴィニシウスは、きっと相性がいい。

とはいえ、代表の座というのは約束されたものではない。特に新しいチームが始動したばかりで多くの選手に門扉が開かれている今は、生き残りを懸けた競争も激しい。今、得ている信頼を明日も1カ月後も半年後も持ち続けられる保証はない。だから、結果が必要だ。

横浜とのトレーニングマッチでは、7分に先制を許し、ファウルもかさんだ。しかし、ヴィニシウスの強烈なPKで追いつき、ヴィニシウスが放ったシュートのこぼれ球を本石猛裕が押し込んで逆転に成功した。木暮監督が「試してみたい組み合わせや相手とのかみ合わせ、ゲーム中のパフォーマンスで交代を考えた」と話したとおり、セットごとでの交代は少なく全員が出場機会は得たものの、出場時間にはバラつきが出た。そのなかでもヴィニシウスは、しっかりと出場時間を確保していた。

初招集の感想を聞いたときに「帰化したときから諦めたことはなかった」、「年齢は数字だけのもので、自分の気持ちが大事」と話していたが、「血のにじむような努力」や「スポ根」といった雰囲気はなく、「34歳での招集もおもしろいと思う」という言葉が印象的だった。

もちろん並々ならぬ努力やメンタル面の強さ、状況を判断してプレーを選択する頭の回転の速さに支えられて勝ち取った代表招集であることは間違いない。それでもヴィニシウスからは、悲壮感をまとった必死さの匂いはしない。W杯を目指すフットサル選手であることも、小さなお姫様を自転車でお迎えに行くパパであることも、とても自然に楽しんでいるように見える。

稀代のオールドルーキーが、子どもたちのヒーローから日本のヒーローになる日が訪れるのか。そのときにはお好み焼きをつまみながら、乾杯をしよう。

文=しょうこ(フリーライター)

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