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2022.08.10

「優勝できなきゃ“恥”」の真意。日本代表・原田快はなぜ、異例の全試合出場を決めたのか?【U-18選手権コラム】

PHOTO BY河合拓 / 高橋学(Fリーグ写真)

2022年8月7日、高校生年代のフットサル日本一を決める大会、全日本U-18フットサル選手権大会は、第9回目にして初めて“両チーム優勝”に終わった。雌雄を決したかったはずの選手の気持ちをよそに、新型コロナウイルス感染拡大の影響のため、試合を前にして“決勝中止”が決まった。

ペスカドーラ町田U-18として、Fリーグの看板を背負った選手たちは特に、白黒つけたかったに違いない。とりわけ、町田U-18を代表するある一人の選手については、大会前から誰よりも覚悟を胸に秘めてピッチに立っていたことを知っただけに、見る側としても純粋に見届けたい気持ちが大きかった。

原田快、18歳。彼が胸に秘めていた思いとはなにか。

フットサルを黎明期から追い続け、U-18選手権も全大会取材中のライター・河合拓がコラムで綴る。

文・写真=河合拓 ※一部写真=高橋学

A代表キャップを持つ高校生が異例の出場

「優勝できなかったら“恥”」

今年で第9回目を迎えた全日本U-18フットサル選手権大会を第1回大会から取材してきたが、初戦を終えてこんな言葉を口にする選手は、一人もいなかった。

そう話したのは、原田快。ペスカドーラ町田U-18に所属する、7月に18歳になったばかりの現役フットサル日本代表選手だ。

原田は今年1月に行われた日本代表候補トレーニングキャンプに初招集されると、5月に行われたAFCフットサルアジアカップ2022東地区予選でもメンバー入りを果たし、初戦の香港戦(◯11-1)で代表デビュー。続くモンゴル戦(◯15-0)では、代表初ゴールも記録した。

第2回大会でMVPに輝き、現在は競技を引退した植松晃都や昨年リトアニアで開催されたFIFAフットサルワールドカップのメンバーにも選ばれた毛利元亮のように、この大会を経て日本代表に選出された選手は少なくない。しかし、原田以前に現役高校生が日本代表に招集された例はなく、A代表のキャップを持つ選手が、U-18選手権大会に出場したのは、異例中の異例のことだ。

冒頭の「優勝できなかったら恥」という原田のコメントを伝え聞いた木暮賢一郎監督も「現役の日本代表ですからね」と、ビッグマウスではなく自身の立ち位置を理解したコメントとして、好意的に受け止めた様子だった。

そんな背景を持つからこそ、今大会の原田には大きな期待がかかっていた。ピッチ内で自身の持つ力を出し切れば、今大会に出場した高校生たちは、日本代表との力の差を明確に図ることができたからだ。

初戦から出場したいと、甲斐修侍監督に直訴

すでに町田のトップチームでも主力の原田は、町田U-18が決勝に勝ち上がった場合のみ出場する予定だった。しかし大会目前、甲斐修侍監督に直訴し、8月4日の北海道釧路北陽高校との初戦からピッチに立った。

「小学校の頃からフットサルをやっていて、バーモントカップではベスト16でした。ずっとフットサルをやっていて、優勝経験はありませんでした。『優勝を経験したい』という気持ちが強くなりましたし、『アンダーカテゴリーでも、1回は日本一を取りたい』と思ったので、初日から出ようと思ったんです」

フィクソに入った原田は終始、余裕のあるプレーを見せてゲームをコントロール。第1ピリオド10分には左サイドで高い位置を取ると、味方からのループパスをピタリとトラップ。対峙した相手との1対1では、簡単に股抜きを決めて相手をかわし、GKのタイミングをズラすシュートでゴールも奪い、6-0の快勝に貢献した。

初戦を終えた原田は、次のようにコメントした。

「やっぱりレベルはFリーグとは違いますが、もっとゴールを決められるシーンもあったし、もう少し点差を広げられる試合だったと思います。6点で終わったのは、それが僕たちの力。初戦ということもあって、みんな動きが固かったけれど、どんどん力を伸ばしていって、全国優勝するためにやっていきたい」

さりげなく決めた難易度の高い自身のゴールについても、こう振り返った。

「チームメートのクレパウジ・ヴィニシウスから教わった形です。アイツは、めちゃくちゃうまくて。教えてもらったり、見て学んでいますが、トップチームの選手たちには、みんな『すごいな』と思うところがまだまだあるので、もっと吸収できたらなと思っていて、あの形で狙いました」

町田U-18が今大会に出場したのは、毛利や甲斐稜人、雲切啓太、倉科亮佑らを擁して日本一になった第6回以来、2大会ぶり(※第7回大会は新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止)。

「絶対に勝つという気持ちが一番ですし、優勝することが一番ですが、自分としてはMVPを取りたい。負けたら恥という感じで来ているので。勝つために来ていて、勝つことだけを考えているので、優勝できなかったら恥だと思ってやっていきたい」と、全国制覇への思いを語った。ちなみに、第6回大会で得点王とMVPに輝いた毛利からは「俺は9点決めたぞ」と、発破をかけられたという。

不完全燃焼で手にした“自身初の”優勝

今大会の町田は、グループステージで第2回大会準優勝の北海道釧路北陽高校のほか、第1回大会準優勝の名古屋オーシャンズU-18、第6回大会準優勝のシュライカー大阪U-18と同じ組に入っていた。原田のポジションがフィクソであることに加え、Fリーグ下部組織の相手は守備も整備されているため、大量得点は難しい状況だった。実際、第2節の名古屋U-18戦は、相手GK物部呂敏の存在もあり、0-0のスコアレスで終えた。

グループステージ突破のかかった第3節の大阪U-18戦は、得点を取ったうえで引き分けに終われば、町田U-18と大阪U-18の両チームの決勝ラウンド進出が決まるという特殊な状況だった。そんななか、前半4分に先制点を挙げたのが原田だった。左サイドから豪快なシュートを決めて試合を動かし、4-1の勝利に貢献してみせた。

しかし、準々決勝の近江高校ビーパイレーツ戦(7-1)、準決勝の聖和学園高校フットサル部戦(3-1)はゴールなし。自らが積極的に得点を奪いにいくよりも、ゲームをコントロールしながら、無難なプレーを見せていた。そこには思惑があった。

「言い方が悪く聞こえるかもしれませんが、僕がボールを持っている時、相手がどれだけプレッシャーをかけに来ていても、正直、怖くないなというのはありました。1対1で取られる気はしなかった。決勝まで3日間で6試合あったので、フィクソをやると言われていた時点で、決勝まで『どれだけうまくサボれるか』を考えていました。最後に決勝ですべての力を出し切るために、コントロールをしながらやっていたんです」

ところが、その決勝が対戦相手の遊学館高校に新型コロナウイルス陽性反応者が複数出たことで、中止となってしまった。町田U-18と遊学館の同時優勝が発表された表彰式、ひときわ喜んでいた原田だが「出し惜しみをしたまま終わったね」と声をかけると、「本当にそうですよ。不完全燃焼ですね。原田快、不完全燃焼ですよ。やるべきことはチームとしてやってこの結果だと思うので。ただ優勝とはいえ、悔しい形で終わってしまった感じがありますね」と、苦笑した。

「個人で世界一になりたい」という夢に向かって

U-15年代でバルセロナ遠征を行った際、バルセロナに見初められたという原田の動向は、現在もカタルーニャの名門クラブからチェックされ続けている。そして18歳となったことで、今シーズン中にもスペインへ渡る可能性があるのだ。彼が今大会で、一度も獲得していなかった日本一にこだわっていた理由も、そこにある。

「キャリアの最後の1、2年は日本でやりたいと思っていますが、自分の夢は、個人で世界一になること。リカルジーニョやファルカンのようになる。ずっとそれを目標にやってきましたし、そのために自分が一番レベルアップできる環境でプレーしたい。それが今はスペインだと思う」

原田は可能な限り早く海を渡りたい意向を口にしている。

原田が次に出場する予定の試合は、12日に行われる第7節ボルクバレット北九州戦だ。U-18年代で日本一になったものの不完全燃焼だった原田は、この試合で持てる力のすべてを爆発させるはずだ。

大会レポート

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