更新日時:2024.02.16
パワープレー2セット回しは作戦会議用。就任2カ月の急造コーチ・山蔦一弘の用意周到な入替戦対策|奇跡の残留力
PHOTO BY高橋学
「第2ピリオド、山蔦コーチと『頭からパワープレーでいこう』と覚悟を決めていきました」
「選手が山蔦コーチの戦術を本当に信頼してくれて」
「昨日失点したセットプレーは山蔦コーチを中心に修正しました」
「山蔦コーチとやってきたことが生きたと思います」
これらはボアルース長野・柄沢健監督の入替戦後のコメントである。どうやら”奇跡の残留力”の一端は、山蔦一弘コーチにありそうだ。
山蔦が長野のコーチに就任したのは今年の1月初旬、リーグ戦残り3節という中途半端な時期だった。
「来シーズンから指揮を執ってほしいと話がきましたが『状況も状況なので早く来てほしい』ということで。僕の仕事との折り合いがついた1月に行きました」(山蔦)
これが英断となった。
果たして山蔦コーチは3年連続最下位のチームを残留に導くためになにを仕込んだのか、その舞台裏を聞いた。
※インタビューは3月16日に実施した
インタビュー=北健一郎
編集=高田宗太郎
1月の就任時からパワープレーの準備を始めました
──柄沢監督からは「好きなようにやってくれ」という話があったということですが、何から始めましたか?
時間が限られていたので、入替戦を最大の目標にしていました。ただ、リーグ戦での残留の可能性がある状況だったので、入替戦のための調整にはせず勝ちにいくモチベーションを保つことをしました。フットサルの内容については、大枠を変えることはなく細かい部分、ディフェンスの受け渡し、ボールの受け方をメインに変えました。
──結果的に入替戦に回りましたが、シーズン終盤になり長野のフットサルの質が良くなった印象がありました。特に最終節では優勝が決まっていたとはいえ名古屋を追い詰めました。
自分たちの変化というよりも、相手の特徴を消したり、スカウティングしたりした部分が大きかったです。名古屋の映像を見てキックイン、コーナーキックで「ここを狙おう」とか「こういうことをしてくれるからここに気をつけよう」と、練習で落とし込みました。
──かなりしたたかに、名古屋のウィークポイントを狙っているように見えました。例えばペピータの攻から守への切り替えの遅さなど。
そうですね。そこは意識してディフェンスをしていましたが、そこからのカウンターで仕留められなかったことがあの試合の敗因でした。なので、入替戦に向けてカウンターの精度を上げる練習をしました。
──名古屋に敗れたことで3年連続の最下位で入替戦に回りました。しながわシティの分析や準備は?
名古屋戦と変わらないですけど、セットプレーや注意する選手は伝えました。やはり「しながわのクオリティはうちより高い」と思っていたので、終盤でハマったパワープレーは就任してすぐに、いつか使うだろうと継続的に準備していました。
──運命を変えたパワープレーですね。ちょっと驚きなのですが、1月の就任直後から入替戦でもやるだろうと想定して、仕込んできたと?
そうですね。それと、僕が就任して一番変えられるところがパワープレーだと思っていました。その前までのやり方がうまくハマっていたなかった印象があったので。就任して次の日くらいから練習を始めました。
──シーズンも終わったことですし、具体的に明かしてもらうことはできますか?
うーん。オーソドックスなことです。就任前はジョガータというか決めた動きをずっと機械的にやっていて選手が判断する場面があまりなかったので。就任後は、判断を繰り返すこと、パススピードを上げる、相手を見る、相手を広げるためにはどういうポジショニングをすればいいのか、相手が狭まっているときにはどこを狙うべきなのか、そういったことを少しずつ蓄積していったという感じです。
──「パワープレーの原理原則」のようなものをチームに落とし込んでいった?
そうですね。
しながわのパワープレーの守備の映像は、めちゃくちゃ見ました
──コロナの影響で入替戦が2週間近く延期しました。その間に新たなパワープレーの形を練習したりしましたか?
全員が練習に揃ってないときはできませんでしたが、揃った段階で加えました。
──しながわの岡山監督も「その間になにをやっていたかはわからない」と話していました。入念なスカウティングをしているはずの岡山監督が見たことのない新しい形をその間に仕込むという狙いは?
そこまでの狙いはなかったです。ただ、しながわのパワープレーの守備の映像は、めちゃくちゃ見ましたね。しながわ(当時、トルエーラ柏)が優勝した2021年の全日本選手権から全部。
──しながわはパワープレーをされる機会が多い。F2における名古屋オーシャンズのような立ち位置ですからね。映像をめちゃくちゃ見て、結果的にどこを狙おうと?
うーん、そうですね(笑)。
──話せる範囲でいいので、お願いします。
「フィクソをまず走らせよう」と話していて。速く、奥に、ボールをたくさん入れる。一度で勝負しないで、奥から逆、奥から逆へとボールを動かしてフィクソを走らせる。最初に準備したパワープレーから少しずつ立ち位置を変えていました。奥に入れすぎるとフィクソが簡単になるので少し手前に立ったり、トラップの向きだったりで、フィクソを走らせました。
──初戦を1-2で落として、2戦目の前半を0-2で折り返しました。第2ピリオド頭からパワープレーを始めて大逆転となるわけですが、2戦目のハーフタイム、0-2の心境は?
僕のなかでは2戦目の第1ピリオドがチーム的には一番良かったと思っています。でも2点取られてしまって、なにかを大きく変えないとスコアは動かないと感じていたので、柄さんに「後半頭からいきましょう」と。
──手応えがあった前半に点を取りきれなかったからこそ?
「手応えがあった」というより、「動きが悪くなかったのに手応えがなかった」という感じですね。自分たちはできることをしっかりやっているけど結果的に点差がついて、このまま流れてしまうなと。
──いざパワープレーへ。ゴレイロは上林快人選手ですが、これはずっと?
僕が就任する前からです。ゴレイロ用ユニフォームの関係もあり、僕が就任してからも快人に。なので、第2ピリオドにパワープレーしたときに快人が手前側で交代できるよう、ベンチを変えました。
──コイントスに勝って? 第2ピリオドのベンチが、右サイド低い位置の上林選手が交代しやすいベンチになるように?
そうです。そうです。
──じゃあ、どのみち後半はパワープレーをやるつもりだった?
やるつもりでした。だからそこも、(青山)竜也のファインプレーでした(笑)。
──キャプテンがコイントスで陣地を取ってくれたと(笑)。「ファー詰め」が多かったですが、ハーフタイムはどんな指示を?
ロッカールームで「20分間パワープレーをやる」と、まず伝えて。「パワープレーのセットと、それ以外のセットの2つのセットで戦うから、1本目の段階では相手の立ち位置を見て、ボールを動かして相手の動きを見て、どこが狙えそうかベンチに戻ってきて話そう」という指示を出しました。代わって出た2つ目のセットも勝つために一生懸命プレーしてくれました。彼らがつないでくれたのは大きかったです。
──“じゃないほうのセット”が出ている時間、パワープレーセットはベンチで作戦会議をしていた。
はい。2つのセットで回したのは体力的なことではなく、話す時間がほしかったからです。ベンチで話すなかで見えてきた狙いがファー詰めでした。
米村に「バサジィ大分の森洸の映像をちゃんと見とけ」と
──1点目は上林選手が縦に当てて、中でもらってシュートを決めました。
あれは練習していた形です。上林が中でもらった場所、あそこの間につけられるように(田口)友也には「あそこは常に見ておけ」と言っていました。一番いいところを見逃さず出してくれた。練習通りでした。
──2点目は米村選手から田口選手へ対角のパスでした。「これが通るのか!」というような長いスルーパスを、田口選手がファーで詰めました。
2021年の全日本選手権の準決勝で、しながわ(当時、柏)に対してバサジィ大分がパワープレーで追い上げたのですが、森洸がすごくいいプレーをしていて。パワープレーでボールをさばくフィクソは、来たボールを止めて蹴る、止めて蹴ると単調になりがちじゃないですか。それを森は、トラップで動かして蹴る、角度を変えて蹴る、というのを上手にやっていたので、米村にはその映像を「ちゃんと見とけ」と。
──しながわのディフェンスはボックスで、米村選手にプレッシャーはほとんど行っていませんでした。
ボックスのディフェンスは想定していませんでしたが、何度がプレスを受けたときにうまく回避できていたので、あえてなにも言いませんでした。後ろの3選手、上林、米村、田村が「結構シュートを打てる」という話をベンチでしていたので、セグンドに放り込む意識はあったと思います。
──米村選手は右利きですよね。逆足ですごいパスを。
そうですね。僕もびっくりしました(笑)。でも、左も上手です。もともと米村のポジションは田村がやっていたのですが、練習をするなかで配置換えをしました。米村はテンポ良くボールを動かせるということと、後ろから対角にパスが出せたので。
──まさに2点目の形じゃないですか!
でも左足であそこまできれいに通すとは思わなかったですけど。
──スコアは2-2、残り約7分、完全に長野のペース。ここでパワープレーをいったん止めるという選択肢もあるのかなと思ったのですが。
相手が対応できていないと感じていましたし、ベンチも慌てているように見えたので、止めるという選択肢はなかったです。
──しながわベンチはバタついているように見えた?
そうですね。第2ピリオドが始まるときに、パワープレーの守備用セットが出てこなくて、僕らを見て慌てて代えていたので、あんまり予想していなかったのかなと思いました。
──なるほど。そのときすでにしながわは少し後手を踏んでいたのかもしれませんね。
1点目の上林のゴールは、しながわのパワープレー守備用セットじゃないときに入ったゴールでした。僕らがセットを使い分けていることに対して、しながわベンチは僕らのセットを見てセットを入れ替えていたので、うまく駆け引きできていたと思います。慌てているというのは、ベンチにいても感じましたし、ピッチから戻ってきた選手たちも話していたので、同点に追いついた後も続けたほうがいいと思いました。
──しながわは選手も慌てていた?
しながわの選手の表情を見てそう感じました。正直僕らも冷静ではなかったですし、相手選手の正確な心理状況はわかりませんが、守備の形はボックスにするのかダイヤにするのか、ボールを取りに行くのか引くのか、そういう部分で慌てているなと。
チームとしてはまだ劣るが、ミッション遂行力は高い
──決勝点になったシーンは上林選手がファーへパスを出しました。青山選手がフリーになるのは狙い通り?
狙いというか、パワープレーの原理原則のところで「後ろの選手がボールを持ったときにファーは張り付いておけ」と話していたので。ただ、上林がうまく通してくれましたね。
──青山キャプテンの一世一代のゴールで3-2、残り時間は4分48秒。しながわがパワープレーを始めたのが、残り3分48秒。これを耐えるのは、相当スリリングだったと思います。
パワープレーの守備の練習もしてきたので自信を持って選手を送り出すことはできましたが、残り2分半でタイムアウトを取りました。「ここが気持ちだ」と。「気持ち」ってここで使う言葉だ、と思って。
「みんなこの2、3年間、ずっと苦しい思いをしてきたけど、あと2分で報われるぞ。今、この2分じゃない? 初めて『気持ち』って言えるのは。パワープレーだし、相手のほうが人数は多いんだから隙は生まれるし、1本2本は崩されるよ。そこは、体を張るしかない。『気持ちで守るしかない』」
というような話をしました。
──想像して、鳥肌が……。
正直、そこまででタイムアウトをうまく使えたことがありませんでした。リーグ最終節の名古屋戦でも、うちが同点にした直後に名古屋がパワープレーをしてきて勝ち越されてしまったんですが、タイムアウトのことは頭になくて。それで反省したものの、入替戦の1戦目も第2ピリオドで同点に追いつかれたときもタイムアウトは頭になくて。それでまた反省して、柄さんと話して。少ない経験でしたが、それが最後に生きたと思います。
──残留を決めた今、大仕事をしたボアルース長野の選手たちに対して思うことは?
就任したときにも話しましたが、10月に柄さんが監督になってからの戦いをいち視聴者として見ていて心打たれるものがありましたし、残留に値すると感じていました。それを実現させようとスタートしました。
正直まだ、チームとしての完成度やフットサルスキルは劣りますが、ミッションを遂行する能力はすごく高いと感じていました。1月の北九州戦も伝えたことをピッチで表現する力は強いなと感じていたので、それをしながわ戦でも発揮してくれた。諦めるとか、下を向く、ということはチームとして絶対なかったので、そういう力が残留の要因になったと思います。
──まさに、残留力。
そうですね。普通の精神力なら気持ちが折れても仕方ない場面はシーズン中にも何度もあったでしょうけど、彼らにはそこで下を向くという考えがなかった。「ありがちな最下位のチームではなかった」と思います。
──舞台裏を聞かせていただいて、もちろん勝ったからこそ言えることではあるんですが「この準備がなければ、この残留はなかった」と思いました。
そうですね。僕はこの入替戦に対して、就任すると決まった時点から、準備と言ったらアレですけど、ずっとこの試合をイメージしていたので。
──来シーズンはどんなチームに?
入替戦は回避したいです(笑)。全日本選手権でも感じましたが、入替戦で力尽きて僕らは仙台に対してなんの抵抗もなく負けてしまったなかで、しながわはすみだに勝った。そういう地力のあるチームにしたいですし、主導権を握れない戦いは精神的に疲弊するので、主導権を握ることにもフォーカスしつつ、現実的に勝ち点を取っていくためには相手の分析をしなければいけない。そこのバランスや折り合いの付け方を今は考えています。
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