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作成日時:2023.10.25
更新日時:2023.11.10

古き良き時代の、最新で最高の昭和親父・甲斐修侍の愛情。クラブを再生させた育成力の秘密|Fリーグクラブ特集

PHOTO BY高橋学、北健一郎

ブレない哲学と人心掌握術。

今回の取材で感じた指導者・甲斐修侍のすごさであり、町田躍進の最大の要因である。

「いやいや俺なんて、たいしたことしてないよ」

きっと甲斐監督はそう謙遜する。しかしどうだろう。このコメントを読んでほしい。

「出場時間の多かった選手の移籍、離脱などを目にされて『ペスカドーラ…来シーズン大丈夫か?』と不安に感じられた方も多いかと思います。正直私自身、簡単なシーズンではないと理解しています。

ただみなさん、安心してください。

ペスカドーラ町田に所属している選手達は『闘える選手』しかおりません。もちろん不安もありますが、それ以上に楽しみのほうが大きく、私がユース世代で指導した選手が9名と約半数もいて感慨深いものもあります。17歳から44歳まで年齢層は幅広いですが、怖いもの知らずで勢いのある若手、駆け引きを身に付けかゆいところに手が届く中堅、老獪なゲームコントロールで勝利を手繰り寄せるベテランが融合する非常に楽しみなチームです。

必ず新シーズンもみなさんの心を揺さぶるような、そして期待を持てるような闘いを毎試合お見せします」

以上は、2022年4月4日、町田のホームページに掲載された甲斐監督の就任挨拶の抜粋だ。どうだろう、読者のみなさん。この短文に、ブレない哲学を感じないだろうか。すでに心をつかまれていないだろうか。

ペスカドーラ町田、育成力の秘密。

かたくなに否定されたとしても、その答えはきっと指導者・甲斐修侍のなかに、人間・甲斐修侍のなかにある。だからこのインタビューでは、あえて砕けた表現を残した。スペインに旅立つ毛利元亮が“親父”への感謝をセレモニーで述べたように、町田の選手と“甲斐さん”の関係性を、できるだけリアルに感じとってもらえばと思う。

ある人にとっては「昭和」を感じるかもしれない。でもそれはきっと、古き良き、それでいて勝負に挑み続けてきた指導者がアップデートしてきた、最新にして最高の、昭和親父の愛情ではないだろうか。

インタビュー=北健一郎
編集=高田宗太郎

※インタビューは8月13日に実施しました

カスカヴェウ時代からずっと、負けたくなかった

──今季、クラブ記録となる8連勝を飾るなど名古屋を追走しています。観客動員数もリーグトップですし、もちろん今のチームは魅力的だと思います。ただ内容的には、甲斐さんの現役時代のプレーや、選手兼監督時代のカスカヴェウのフットサルとは結びつかない、というか。

甲斐 俺が監督をやると、カスカヴェウ時代にやっていたような華麗なフットサルとかボール回しとか、技術的なところにこだわると思われがちだけど、俺はカスカヴェウ時代からずっと、負けたくなかった。負けないための優先順位を探っていくなかで、たまたま最初にいた選手、ヨシ(前田喜史)やイチ(市原誉昭)やキヨシ(相根澄)たちの能力が高かったから、そういう華やかに見えるフットサルができていただけであって。仮にタレントがそろってなくても、その選手たちで勝ちにいくっていうことを前提に、俺は絶対にやるタイプだから。

──勝つことが最優先。

甲斐 そう。「自分がやりたいフットサル」のモデルが優先じゃなくて「勝つために一番必要なこと」が優先。だから、今いる選手たちが最も力を発揮できることがなんなのかを見極めないといけない。ユースの監督をやっていた時から選手には戦術を押しつけなかったし、ジョガーダ(※編集部注1)も必要以上に番号づけしなかった。

※編集部注1:「ジョガーダ」とはポルトガル語で、主に定位置攻撃の際、相手の守備組織を崩すために行なうサインプレーのこと。配置につき、ボールホルダーのフィクソのサインでスタートすることが多い

──それはなぜです?

甲斐 自分がそういう経験をしてきたから。ジョガーダだったり、戦術をガツガツやったりしてしまうと、それありきの選手にしかならないし、形にはまらない時に状況を見て判断を変えられる選手、チームに絶対にならない。もっと言ったら、優先順位を見極められず、本当に必要な時に必要な判断ができなくなってしまう傾向があるから。

──戦術ありきではないし、フットサルらしくないといけないわけでもない。昔も今も「勝負に勝つためには」から思考をスタートさせているんですね。

甲斐 俺らが経験した時代は「フットサルたるものはこう!」って勝手に思い込んでる時期も大いにあったと思います。もちろんフットサルっぽくやることで効率的なことはいろいろあるけれども。なによりの大前提は得点する、失点しないの先にある勝ち負けだから。勝負に徹して考えた時に、踏むべき優先順位がなにかは常に考えるようになってきたかな。



世界で戦うために、まず目の前の勝負にこだわる

──現役最後の2016-17シーズンにU-15(ジュニアユース)の監督を始めました。その頃から、引退後は育成をやりたいと思っていたんですか?

甲斐 思っていた。岡山(孝介)監督(しながわシティ監督)がトップの監督をやっている姿を見て、俺は絶対トップの監督に向いてないし、あれほど細くきっちりとした仕事はできないな、と。でも育成は違和感なかった。クラブとして、スクールではない下部組織を作ろうという流れがあって、U-15の最初の1年が終わった2017年の春に16歳になる子たちがごっそり増えた。そのタイミングでU-18(ユース)を立ち上げて、そのまま引退直後の俺が見る流れだったから違和感はなかったかな。

──その時、16歳になったのが毛利元亮(カステジョン/スペイン2部)たちの世代ですね。どんな指導方針だったんですか?

甲斐 「俺はどういうチームをつくるんだろう?」って自問して、なにを目指すかを整理した時に、これはカスカヴェウ時代から常に言ってたことなんだけど、やっぱり「世界で戦える選手」だな、と。そうなるためには、日本で、Fリーグで、ユースで一番になる、という目標設定では絶対に届かない。だからまずは常に勝負にこだわるマインドを持った子たちにしたいと思ったんだよね。

──ベースは技術よりマインドなんですね。

甲斐 例えば、めちゃくちゃフットサルっぽくて、足元うまくて、すごく華麗で、日本一のタレントを持っていたとしても、戦えなかったら上では絶対にやれない。だからまず、その優先順位を明確にした。うまさとかフットサルっぽさよりも、勝負に対しての、なんだろう、「勝ちに徹する執着心」みたいなものが最優先になる。それを育成年代でどれくらい植えつけられるか、それが一番重要。「育成年代に勝ち負けを求めちゃいけない」と言う指導者もいるけど「勝ち負けに目を向けられないヤツが上の世界でやっていけるわけがない」と俺は思っていて。

──すごくわかります。勝敗を棚上げしちゃいけないし、負けを簡単に受け入れちゃいけない。でも、甲斐さんが言われように「育成年代での勝利至上主義はNG」という定説もあります。

甲斐 その意味合いというのは、おそらくだけど、指導者が「自分の実績を挙げたい」ということを優先して勝敗だけにこだわったらまずい、ということだと思う。俺がここまで言ってきた「勝負に徹する」というのは、例えば中学生の選手が、さあ試合が始まりますって場面で「この勝負に負けたくない」という意識がなかったらどう?

──格下だったら勝てるかもしれませんが、同等より強い相手には勝てないと思います。

甲斐 だよね。もっと言ったら、さあ練習です、1対1です、2対2ですという場面ではどうなのか。どんな場面の勝負でも「絶対負けない」というマインドが自然にないと戦えない。だからそういう意味で、勝ち負けに目を向けなきゃいけないし、勝負に徹して、勝ちに執着しないといけないということ。

──それを教えるというか。そういう負けず嫌いな性格の選手にするのは難しそうですね。

甲斐 難しいのかな、どうだろう。でも、その前提がないと「この練習をやってる意味がない」「このチームに所属してる意味がない」というイメージだから。それを教える、浸透させる、考えさせるっていうよりは、そういうものだという空気感で練習してきた。育成の監督になった時から。なぜかといったら、ユースチームはペスカドーラのスクールではなく、下部組織だから。

──なるほど。ここまでの指導方針のお話は“下部組織の監督”としてのものですものね。

甲斐 そう。ペスカドーラという、トップチームがあるクラブの下部組織だからね。最初に選手たちに伝えるのは「このクラブのジュニアユース、ユースに所属しているってことは、お前らが『あのリーグの舞台を目指している』と思っているから。何人そこにいけるのかはわからないけれど、俺はお前ら全員にその可能性があると思って接するからね」というところから入る。その時点で誰が上がれるか、その答えなんて誰にも分からないから。

──でもその線引きは、甲斐さんがすでに見極めて入れているのでは?

甲斐 もちろんセレクションではそうだけど、抱えた選手のなかで優劣はつくから。すごく才能があるように見える子もいれば、あまりそう見えない子もいる。でも、彼らの可能性を俺らが決めつけちゃいけないというか“決められない”ことをめちゃくちゃ経験させてもらった。ジュニアユースとユースで。

──それは、予想しなかった選手が伸びたパターンがたくさんあったという。

甲斐 そう。それがやっぱり、この年代だと思う。俺らなんかの物差しでは測れないということを逆に教えられた。だから俺は「お前は行けそうだ、お前は厳しいかもな」ではなく、「お前も可能性あるし、お前も可能性あるぞ」って言い続ける。そうすると3カ月後、早い時は1カ月後に、パッて、その優劣の図式が変わったりする。もっと言ったら1週間で、選手の伸び方って変わったりする。毎回練習を見ていても、こればっかりは本当に推しはかれない。育成年代の選手たちって、声掛けのやり方とか接し方でいくらでも成長するし、逆にそれが成長の妨げになってしまうこともある。難しい年代なんだなって、元亮たちがスタートしてから4年間で、すごく感じられたね。

【次ページ】立場や先輩・後輩は絶対とっぱらいたかった

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