更新日時:2024.03.23
これからも、このクラブと共に。ペスカドーラを愛し、愛された男の14年|町田・日根野谷建 #人生に刻むラストゲーム
PHOTO BY軍記ひろし、高橋学
2023-2024シーズンは、ペスカドーラ町田にとって忘れられない1年となった。高強度のフットサルでリーグを席巻し、ファイナルシーズン最終節を迎えるまで首位を堅持。最後の最後で名古屋オーシャンズに逆転を許したものの、その戦いぶりは町田サポーターのみならず、多くのフットサルファンの記憶に刻まれたことだろう。その中心にいたのは、クラブのアカデミーで育った若手選手たち。「育成の町田」は、今やクラブのアイデンティティーとなった。そんな育成組織出身のチーム最古参選手が、今季限りでFリーグのピッチに別れを告げる。男の名は日根野谷建。現在の育成路線の源流となり、苦しい時代を乗り越えてきたベテランは、快進撃を見せた今季のチームをどう見つめていたのか。ペスカドーラ町田一筋。町田を愛し、町田に愛された男のこれまでとこれからを綴る。
代表戦を見て一念発起。名門クラブの一員に
「クラブの悲願でもある初優勝を達成してこそ本当に特別なシーズンになったと思うので、望んだ結果は得られなかったなというのが一番です。全日本選手権もベスト4で終わってしまったので、せめてここで優勝して終われればよかったんですけど。でも、現役最後のシーズンに最後まで優勝争いができて、素晴らしい経験をさせてもらいました。甲斐修侍監督やチームメイト、大好きなサポーター、支えてくださったすべての皆さんに心から感謝したいと思います」
町田の選手としてのラストゲームを終え、日根野谷はそう言葉を絞り出した。サテライト時代から合わせて、ペスカドーラ町田一筋14年。一言で表現するには、あまりにも濃い時間だった。
日根野谷は大阪府出身。初芝橋本高校、阪南大学と強豪サッカー部でプレーしていたが、地元・大阪で開催されたフットサル日本代表対イタリア代表の国際親善試合に感銘を受け、競技転向を決意。大学を中退して上京し、ペスカドーラの門を叩いた。当時町田には、ペスカドーラ町田アスピランチとペスカドーラ町田サテライトという2つのセカンドチームが存在していたが、日根野谷が所属したのはサテライト。2011年にトップチーム登録を勝ち取り、サテライトから昇格した二人目の選手となった。
その頃の町田は、Fリーグ開幕当時やそれ以前から名を馳せていた名手たちがまだバリバリ活躍していた。甲斐修侍、金山友紀らを筆頭に、ジャッピーニャ、横江怜、森谷優太、大地悟、篠崎隆樹、滝田学、ピレス・イゴールといった選手たちが主力を張り、リーグ随一の戦力を誇っていた。
「昔から日本フットサル界を引っ張ってきた先輩たちばかりでしたし、皆さんめちゃくちゃ上手かったです。止める・蹴るといった基礎技術はもちろんですが、二人組の関係とか、パスを受ける前のフェイクとか、『フットサル的な動き』の質がとにかく高かった。フットサル選手ならではの上手さ、凄みのようなものを日々感じながら練習していました」
錚々(そうそう)たる面々のなかで揉まれながら日根野谷も必死で食らいつき、徐々に出場時間を伸ばしていった。先輩たちのように一芸に秀でたタイプではなかったが、短い時間でも気持ちを前面に押し出し、献身的に戦える若手として台頭。2015-2016シーズンには全日本フットサル選手権を制覇し、見事日本一にも輝いた。
チームに大きな変化が訪れたのは、2010年代後半に入ってからだった。長く屋台骨を支えてきたベテラン選手たちの多くが現役を退き、入れ替わるようにアスピランチから有望株が続々と昇格。チームは一気に若返った。それまで若手の部類に入っていた日根野谷も年長側となり、集団を引っ張る立場となった。
世代交代が進み、新時代を迎えようとしていたペスカドーラ町田。クラブ運営も順調そのものに見えたが、突如大きな試練に見舞われることとなる。
未曾有の危機で深まったクラブの絆
2020年、世はコロナ禍に突入。世界的パンデミックは人々の生活を一変させ、日本のフットサル界も大きな打撃を受けた。2020-2021シーズンのFリーグは無観客開催でスタートし、各クラブとも入場料収入がゼロに。町田もそのあおりを受けるなか、クラブにとってさらなる追い討ちをかける出来事が起きた。当時日根野谷も勤務していた、大口ユニフォームスポンサーの撤退だ。次年度約2,000万円の減収が決まり、クラブ経営が危機に瀕した。
未曽有の事態を受け、2021年12月、クラブはクラウドファンディングの実施を発表。目標金額を500万円に設定し、寄付を募った。
「あの頃は正直きつかったですね。自分たち選手だけじゃなくて、クラブの運営スタッフたちが日々しんどそうにしているのも見ていたので……。でも、あの経験があったからこそ気づけたこともたくさんありました。いつも支えてくれるサポーターや地域の皆さんから激励の言葉もたくさんいただきましたし、何より“ペスカドーラファミリー”の絆がより深いものになったと思います」
現役の所属選手たちはもちろん、クラブOB、サポーターもSNSなどで必死に協力を呼び掛け、最終的に目標金額を大きく上回る812万円もの支援金を集めることに成功。町田のクラブ力が実を結んだかたちとなった。
最大の危機を脱した町田は、クラブスタッフを中心に地元企業や自治体への営業活動、地域貢献活動をさらに強化。2022年からは日根野谷もスタッフに加わり、スポンサー回りやフットサルの普及活動に奔走した。コロナ以前から根気強く継続してきた活動が実り、企業との新たな共創関係も構築されるなど、徐々に経営状態が改善。コロナ禍の入場制限が解けた2022-2023シーズンは観客動員も右肩上がりで増え、その数字はコロナ前に戻るどころか、以前の数字を大きく上回る結果に。ホーム戦の総入場者数1万6,233人を記録し、堂々のリーグ1位に輝いた。「ピンチはチャンス」を地で行く巻き返しを見せ、クラブとして数字以上の成長を実感するシーズンとなった。
これからも、愛するクラブと共に
「No.2 日根野谷建選手 今シーズン限りでの現役引退のお知らせ」
クラブのHPにそのニュースが出たのは、昨年の5月4日。2023-2024シーズンが始まる前のことだった。ここ数年、Fリーグでは早い段階での引退発表をする選手が増えてきているが、そのなかでも特に早いタイミングでの発表。引退リリースのなかで日根野谷は、“共に戦ってもらいたいという思いがあり、このタイミングで発表することを決めました”と綴り、ラストシーズンへの決意を新たにした。
迎えた新シーズン。多くのサポーターや地域の人々の後押しを受け、町田は首位をひた走った。キャプテン伊藤圭汰、山中翔斗らを筆頭に、アスピランチやU-18で育った選手たちがチームをけん引。倉科亮佑が後ろを締め、髙橋裕大、阿部瑠依らがプレス隊長として躍動した。礒貝飛那大、中村心之佑らも台頭し、日替わりのヒーローたちが脚光を浴びた。
チーム内の競争も激化するなか、日根野谷も多くの試合でメンバー入りを果たした。出場時間の短い試合もあったが、黄色のユニフォームを着た背番号2が町田市立総合体育館のピッチに立つと、会場はひと際大きな拍手と歓声に包まれた。
筆者がABEMAの現地実況を担当した試合のなかで、今も鮮烈に印象に残っているシーンがある。7月30日の第10節、名古屋オーシャンズを迎えて行われたホームゲーム。第2ピリオド途中、左サイドでパスを受けた日根野谷が巧みにボールを浮かせて縦突破を決めると、会場は沸騰。まるでゴールが決まったかのような歓声が上がったのだ。その声に応えるように、日根野谷はそのすぐあとにも再度同じフェイントを敢行。またも相手を抜き去ると、場内は再び喝采に包まれた。スタンドとピッチが共鳴した瞬間だった。
町田市立総合体育館に詰め掛けたお客さんは、日根野谷のプレーを本当によく見ていた。派手なプレーだけでなく、カウンター阻止の撤退やカバーリングなど隠れた好プレーも見逃さず、瞬時に「いいぞ!」と言わんばかりの拍手を送った。彼がピッチに立つと、スタンドとピッチはもっと一つになることができた。
快進撃を続けるチームのなかで、日根野谷の出場時間は必ずしも長くはなかった。しかし、その存在の大きさを、クラブにかかわる誰もが理解していた。そして何より、苦難を共に乗り越えてきたベテランを、愛さずにいられるわけがなかった。“共に戦ってもらいたい”。引退リリースに乗せた日根野谷の思いに、サポーターたちも最大限の愛情で応えてみせたのだ。
全日本フットサル選手権を終え、日根野谷の町田の選手としての時間は終わりを告げた。しかし引退後もチームに残り、引き続きクラブスタッフとして仕事を続ける予定だという。スクール事業のほか、今後は地域活動や営業活動にもさらに尽力し、「クラブの輪をより大きくしていきたい」と意気込む。
「Fリーグで優勝できなかったのは心残りですが、それでも多くの人たちに支えられて、本当に幸せな選手生活を送ることができました。リーグ優勝の夢は後輩たちがきっと叶えてくれると思っています。自分は選手たちの環境をさらに良くしていけるように、そしてまだまだ多くの皆さんにペスカドーラ町田を知ってもらえるように、これまで以上に頑張ります」
ペスカドーラの門を叩き、夢中で駆け抜けた14年。そのエンブレムを胸に戦った日々は、物語の第1章に過ぎない。日根野谷建はこれからも、愛するクラブと共に走り続ける。
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