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2019.08.15

【バーモントカップ優勝監督インタビュー】古居俊平監督が明かす、ブリンカールが「愛知県9連覇」「全国優勝2回」の強豪チームになれた理由。

PHOTO BY本田好伸

ブリンカールはなぜ、毎年のように「優勝候補」なのか

9年連続出場──。育成年代では、各都道府県、地域で「強豪」と呼ばれるチームが「2強」、「4強」というように絞られるケースは確かにある。それこそ高校野球でもそうだが、甲子園常連校に能力の高い選手が集まることで再び全国出場を手にするという、好循環が回るものだ。ただ、ブリンカールFCのそれは、やはり特異に映る。

Jリーグの育成組織やセレクションによって結成されるクラブチームであればまだしも、バーモントカップに出場してくるブリンカールは、サッカースクールの延長だ。5年生になってからチームとして活動を始めて、日々、積み重ねてきたフットボール技術や個人戦術が全国の強豪を相手に通用するのか──。それを自らの手で証明して、自信と結果を手に入れるために、彼らはこの舞台に立ち続けている。

2015年8月大会で初優勝した当時のように、名だたるクラブチームでサッカーを掛け持ちしていたり、県や地域の「トレセン」、「フューチャー」といったタレントがそろう世代もある一方で、今大会のように、トレセンなどに全く選ばれていないような選手で戦う世代もある。でも近年の彼らは、周囲からいつも「優勝候補」と呼ばれて、そのプレッシャーと向き合わなければいけないという宿命を背負ってきた。

古居俊平監督は、ベスト4を決めた時点ですでに「こいつら、すごい!」と話していた。それは、タレント不在ながらも、自分たちが信じて取り組んできたものを出し切った上で、結果を積み上げてきたからだ。「もうこの時点ですでにすごいことなんですよ。でもそれでは、みんなが納得してくれない」。古居監督はいつでも「結果」を重視してきた。「負けたチームが何を言っても、それがたとえいいことだと信じていても、伝えられないから」と。内容と結果を追い求めてきた先の、9回目の全国出場だった。

さかのぼれば、2013年大会で2回目の出場ながらベスト4になった当時は年長だった子が、大舞台で輝く先輩にあこがれて、「自分もあんな選手になりたい」、「バーモントカップに出たい」という思いで続けてきた選手もいた。ブリンカールというチームは、そうやっていつも、スタンドを黄色に染めて、大人も子どもも関係なしに声を張り上げて、ピッチで戦う選手を鼓舞し続けている。今大会のメンバーも、前回の優勝をスタンドで目の当たりにした選手たちだ。「自分もあそこに行きたい」と、キャプテンの宮川陸斗は、そのときに誓ったという。

タレントを集めて築く、いわゆる強豪とは異なるタイプの強豪──。

ブリンカールはなぜ、毎年のように「優勝候補」と呼ばれるチームを築き上げて、いつでも、いつまでも応援されるチームであり続けられるのか。優勝直後に聞いた古居監督の言葉に、その極意の一端があった。

諦めずに頑張り続けることで「夢を持てる」結果

──優勝おめでとうございます。強かったですね。

いや、本当にすごいですよ、選手が。これは夢を持てる結果です。

──周囲の声としては、ブリンカールは毎年のように優勝候補に推されていますし、実際に強いですから、「勝って当たり前」と言われてしまうこともあると思います。

選手もそれはプレッシャーだと思います。でも毎年、選手は違いますし、チームの色も変わりますからね。そういうなかで、どうやってこういう舞台で戦えるチームにするのか、楽しくプレーしてもらえるのかというところを考えてやっています。選手からすれば、去年と異なることに取り組んだりして、不安もあると思います。それでもトレーニングを積んできて、結果につながって。彼らは本当にすごいですよ。

──去年のチームとは違うことにも取り組んできたと。

今まではどちらかと言えば、個人戦術とチーム戦術の両方を加味しながらトレーニングをしていました。でも今年はまず、個人技術に取り組んできました。それは去年の大会で出た課題でもあるのですが、リスクを回避した戦いをしたために落としてしまった。ボールを持つこと、もしくは前を向くこと、ゴールに向かうという、もともとみんなが持っているものを、こういった舞台で自信を持って出せないといけないなと。

そこで、この数カ月はずっと「バックパス禁止」でやってきました。狭い局面でも前を向かなければならないですし、向けなかったとしても前を向くための努力をしていて。それでも周囲からは、大会に勝つことを求められていました。最初は苦しかったと思います。でもそれがあったからこそやれた。決勝でも、前を向いて進入していって、縦にボールをつけてゴールに向かっていくというアグレッシブなプレーが出ていました。いつもなら下げたり、横パスが多くなってしまったりしていたと思いますが、常に縦を見ながらできていました。

練習ではいつもできるのですが、そこについては「練習でできることでも、試合はその2、3割はできない」と言っています。だから練習を150パーセントでやれていれば、その6、7割ができるよと。練習からしっかりやれるように取り組んできたので、正直なところ、大会に臨む上で不安な要素はありませんでした。「これで負けたら俺のせいだから」と言っていました。自分としては、もし勝てなかったとしたら、選手の適性を見極めてこういうチームにしようというやり方を間違えてしまったということになる。

──その年々のメンバーごとに、全国で戦えるチームづくりの方法がある。

そうですね。今大会のチームがまさにそうだったと思います。地域や県、ナショナルトレセン、フューチャー(JFAフットボールフューチャープログラム トレセン研修会U-12)などに呼ばれている選手がいないのですが、そういうなかでもこういう舞台で戦える選手たちは、もっと評価されるべきではないかと思います。突出したタレントがなくても、全国の強豪チームや選手と互角に渡り合える。だからこそ、諦めずに頑張り続けることで最終的にこういう結果につながるという意味で、最初に「夢を持てる」と言いました。

──監督としても、そうやってたどり着けたことに価値を感じている。

僕らからすると、選手はオンリーワンだと思っています。今年のブリンカールの取り組みの成果を、選手自身が証明してくれました。こうやっていいものはずっと連鎖していくはずです。その一方で、先ほども言いましたが、毎年、選手は違います。勝ったことでそのやり方に依存してしまいがちなのですが、僕らは常に新しいことにチャレンジしていきたいと思っています。

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