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ブルーノ・ジャパンの挑戦
2021.06.04

2016年の“あの時”…今明かされる渡邉知晃が現役引退を翻意した理由とは──

PHOTO BY軍記ひろし/高橋学/渡邉知晃提供

Fリーグ優勝、アジア王者、得点王──。チームだけでなく個人でも数々のタイトルを獲得してきた稀代のストライカー・渡邉知晃。しかしそのキャリアは決して順風満帆ではなく、タイトル数よりたくさんの挫折があった。

そして、引退の2文字はすぐそばにあり、何度も頭をよぎりながら、34歳までプレーを続けた。

2020-21シーズンを最後に15年間の競技人生から退いた渡邉に、引退の理由や現役時代の思い出、さらには今後のビジョンについて語ってもらった。

ゴールは一番こだわった部分。200ゴールを達成したかった

──本来なら今はシーズンに向けて準備している時期です。改めて引退を実感しているのでは?

寂しいということはないですけど、感覚的に変な感じですね。Fリーグで12年、その前にはフウガでプレーしていたので、およそ人生の半分となる15年間を選手として戦ってきました。SNSを見るとプレシーズンを過ごしている選手の様子が上がってきて、そこに自分がいないというのは不思議な感覚です。

──立川・府中では同じ86年組の上福元俊哉が同時に引退しましたが、アスリートとして35歳は1つの節目?

30歳を超えてからはどのタイミングで引退するかを少しずつ考えていました。35歳になる年は区切りだと思っていて、35歳までやり切ってからやめるか、その歳を迎える前にやめるか、意識した部分は多少あります。でもカミとタイミングが被ったのはたまたまです。

──過去には「300試合を達成した2018-19シーズン限りで引退」とも話していました。

298や299では終わりたくないじゃないですか。キャリアを考えて300試合は達成したいと思っていて、2018-19シーズンの終盤に達成できました。そこでいい区切りなのかな、と。

──でも、続けました。

今度は得点を見たら、192でした。ゴールは一番こだわっていた部分です。もちろん、次のシーズンの22試合で8ゴールを取れる保証はないですが、やはり、200ゴールは達成したかった。それが、2019−20シーズンを終えた時の気持ちでした。

──では、昨季200ゴールを達成できていなかったら今季も続けていた?

たぶん続けていたと思います(笑)。逆に、2019-20シーズンが0点だったら、それが実力だと思ってやめていた。でも0じゃないとすれば、目標に向けて積み重ねているわけですからね。より近づいた状態でやめることになる。だから、悔しくてやめれないでしょう。200という数字と、192は全然違いますからね。

──そういう目標をしっかりと達成するところに、渡邉知晃の強さがあると思います。実際に2017-18シーズンは、食事制限などストイックに追い込んで、45ゴールで得点王になりました。

それまでは得点ランキングの10位以内に入ったことはありましたが、得点王を狙えるような位置にいたことはありません。得点王というものを現実的に考えられていなかったなかで、あのシーズンはいろんな巡り合わせがあり、栄養士の方に夕食の面倒を見てもらう試みをはじめたときでした。実際に「今年はいけるかも」と思ったのは、開幕して数試合後。試合を重ねて、ゴールが取れ始めて、得点ランキングでトップになったあたりで、自分の感覚、食事制限による体のキレ、調子の良さを感じられるようになり、得点王を意識し始めました。

──シーズン中盤ごろに取材した時に「やれる自信がある」と。まさに有言実行。

あれほど点が取れましたが、最後まで安心感はなかったですね。ルイジーニョ選手(名古屋)、、ロドリゴ選手(湘南)など点を取れる外国籍選手が多く、ヴィニシウス選手(町田)もいたので気が抜けなかったですね。なので、試合で1点取ればよしではなく、取れるチャンスは全部取りたいという気持ちで積み重ねていったのが、あの数字につながったと思います。そしてこれはあまり記録として取り上げられていないですが、実は11試合連続ゴールもリーグの最多記録です。最後は執念で、全チームからゴールを決めました。名古屋から点を取るのは簡単ではないですし、この記録が出たのは本当に執念でしたね。

──個人では323試合で201ゴールを記録しました。タイトルについては名古屋時代にアジア王者にも輝き、もう取り残したものはないのでは?

タイトルについてはないですね。強いていうなら、名古屋以外のチームでFリーグ優勝できたらと思っていました。Fリーグの歴史の中で、シュライカー大阪しかリーグタイトルを取れていません。僕は名古屋で優勝したので、それ以外のチームでも優勝できたら良かったなという思いはありますね。アスレに加入した年はオーシャンカップで優勝できたので、それはいい思い出です。

【次ページ】2016年は3本の指に入るほどの後悔

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