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2021.05.12

【谷本俊介のこれから】サッカー業界で、ゼロから別の山を登っている|The Turning Point

PHOTO BY高橋学

ヴィッセル神戸「アカデミー部最適化担当」就任。2015年に日本人監督で唯一、Fリーグオーシャンカップを制覇。立川・府中アスレティックFCで6年間監督を務めたフットサルのトップ指導者がサッカー界へ。この春、神戸で新しい挑戦を始めた谷本俊介の「これから」とは。

取材・構成=高田宗太郎

「プレーモデルの設計と構築」はフットサル指導者の強み

──突然ですが、占いは信じますか?

都合のいいことは信じます(笑)。

──ゲンは担ぎます?

意外と担ぎますね。毎回、試合のときには同じパンツを履いていました。赤いパンツを。

──では、運命とか天命、巡り合わせは?

僕はあると思いますね。ただそれは、その人の日々の行ないの積み重ねでもたらされるものと思っています。それを、抗えない天命と捉えるかどうかは、それぞれの解釈ですが、あるなしで言ったらあると思います。

──40歳を目前に、11年在籍した立川・府中を離れる決断を下しました。まずは、今のお仕事について教えてください。

ヴィッセル神戸のアカデミーに関わる仕事をしています。役職は「アカデミー部最適化担当」です。

──スクールコーチ的な?

いえ、違います。スクールとは異なりU-12からU-18のセレクトされた選手で構成されたチームを指導するコーチたちの、サポート役ですね。サポートの内容については各カテゴリーのトレーニングプログラムの提案・管理や、トレーニングや試合の分析などです。またそのほかの役割としては、アカデミーのメソッドの策定や所属選手たちのIDP(インディビジュアル・ディベロップメント・プラン)という、いわゆる選手の個別の成長計画の作成です。

──重要な立場ですし、時間がかかりそうな仕事ですね。

そうですね。アカデミーには約200名の選手とそこに関わるスタッフが30名ほどいて、これだけの大きな組織を向上させていくのは相当に大変な仕事だと思います。

──フットサルの指導者がサッカーに転向というケースになりますが、手応えは?

サッカーとフットサルでコンテンツは異なるので、サッカーにおける専門的知識はこれからしっかりと勉強していかなければなりませんが、サッカーもフットサルも同じスポーツで、スポーツのジャンルを問わず、スポーツにおける指導者というくくりで捉えると、チームづくりやマネジメントの方法、また人に何かを教えるという部分においては、フットサルで培った経験を十分に生かせるという手応えはあります。特にチームづくりで大事な要素となる「プレーモデルの設計と構築」については、サッカーと比較して、フットサルに関わる指導者の強みになる部分だと感じています。

──おお、それは!

狭いフィールドで、5対5の少人数で競技を行うフットサルの競技特性は、非常に戦術的な要素が大きい部分だと思います。いかに5人の連係、連動を図れるようにチームをオーガナイズできるかが、試合で勝つための大きなカギです。サッカー界ではこの数年で「プレーモデル」という言葉を耳にする機会が増えてきた気がしますが、フットサルでは標準的にそういった視点をもってチームづくりを行っており、その方法論についてはサッカーの指導者にとって参考にできる部分が大いにあると思います。

──必然性、再現性、デザインされたプレーはフットサルの特徴であり、サッカーよりもそれが濃い。

サッカーは広いフィールドで大人数で行う分、複雑性は高く、すべてを制御するのは難しいでしょうが、チームで行うスポーツである以上、チームの戦い方を定める必要性はサッカーであろうがフットサルであろうが関係なく求められます。フットサルと異なり選手交代に制限があるサッカーこそ事前の準備がとても重要で、練習の段階でどれだけチームをオーガナイズできるかは、もしかするとフットサルよりもサッカーのほうが重要かもしれません。

──なるほど。フットサルよりも試合中に監督が修正できない分、サッカーは主体性をもって修正できる選手を準備しなければいけない。この仕事を受けた経緯は?

ヴィッセル神戸のアカデミー部の最適化グループのメンバーを増員することとなり、3年前からヴィッセルのアカデミーに所属している在原(正明/元フットサル女子代表監督)氏からの推薦のもと、ヴィッセルからオファーを頂いたのが経緯です。

──話を聞いて、どう感じました?

サッカー業界に興味はありましたし、Jリーグのなかでも非常に注目度の高いヴィッセル神戸という意味で惹かれるものがありました。仕事の内容的には、立川・府中で取り組んでいるテクニカルディレクターという仕事に類似した内容の仕事を担当させてもらえることや、指導者の仕事に集中、専念しやすい環境は指導者として、よりレベルアップできるだろうと感じました。ただ立川・府中で責任と重要な役割を与えられた立場だったので、オファーに対して二つ返事で答えを出せるものではありませんでした。

──立川・府中のテクニカルディレクターと近い。

やりたいことは近いです。でもやれることの幅は、資金面、環境面、規模感で全然違いますね。

──シンプルに今、充実していますか?

これまでと異なる環境で、ほとんどのことが新しいことばかりで、学びが多くとても充実しています。まだまだ慣れない部分やわからないことはありますが、いろいろなことを吸収して、自分でできることの幅が広がればもっと仕事が充実してくると思います。

──今年39歳。不惑の四十路目前ですが、自分は若い、それともベテラン?

僕はよく年齢を忘れちゃうんです。今、何歳だっけって。それくらい年齢は気にしていないですね。自分では若いと感じています。自分の場合は、アスレでの10年間が“駆け出し”のような感覚があるので、ここからが中堅じゃないですけど、キャリアに厚みをもたせる時期だと思っています。ただサッカーに関する知識や経験はまだまだなので、むしろまたここから新人というふうに思っている部分もあります。

──一人の指導者としてのピークは、どこにもっていきたいですか?

僕の感覚では死ぬまでずっと指導者として向上したいので、どこかにピークをつくるなどの考えはありません。フットサルでも、Fリーグではトップまでやりましたが、日本代表チームや選抜チームでの指導は経験がありませんし、まだやり残したこともあります。今回サッカー業界に来て、今度は育成という分野で、サッカーではゼロから、また別の山を登っているという感覚ですね。

──フットサル日本代表の話も出ましたが、今後の夢や野心は何ですか?

あまり先のことを考えるタイプではないので、今はヴィッセル神戸のアカデミーで、サッカー業界である程度認められるような結果を出すまで目の前の仕事に集中したいですね。目標の一つとしてはフットサル日本代表チームに関わる仕事をしたいです。

──代表は選手だけでなく、指導者にとっても大きな目標なんですね。

そうですね。昔はそのような目標はなかったのですが、2016年に1週間だけ代表チームのコーチを経験させてもらって、日本代表チームに関わるということを目標の一つとしてもつようになりました。代表チームに帯同させてもらって、そこで単純に感じたのは、やはり自分が日本国民である、ということでした。円陣一つとっても、「1、2、3ニッポン」って掛け声をしていいのはあのチームだけですし、試合前の国歌も特別なものでした。ファン・サポーターは日本国民で、そういう人たちの期待を背負って戦えることは誇らしいし、指導者としても特別な空間だと思っているので、あの感覚を味わいたい気持ちがあります。

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