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2022.02.21

弟・星龍太は代表常連にアラズ。世界との戦いで気づいた日本人選手の未来|ブルーノ・ジャパンの真実

PHOTO BYFIFA/Getty Images

「奇跡」と、兄である星翔太は言った。

「龍太と一緒にワールドカップに出られたことは“奇跡”だった」と。

またまた翔太さん、大袈裟すぎるでしょ。そう思ったフットサルファンは多いはずだ。特に、昨年9月のリトアニアの地での日本代表の戦いぶりを見た人は、もれなくそう思ったのではないだろうか。

3ゴールを挙げた兄・翔太はピヴォとして攻撃とチームを牽引し、弟・龍太はスペイン代表・ソラーノのマンマーク役などフィクソとしてチームを支えた。

大会期間はスタートから上々だった。未知数アンゴラとの大事な初戦の大事な10分、今後の明暗を分ける緊迫のセット替え。星兄弟はセカンドセットとしてゲームに入り流れを作った。さらに後半には兄弟揃ってゴールを挙げた。

その後も2人には長いプレータイムが与えられ、「兄弟ゴール」も手伝ってメディアへの露出も増えていった。紛れもなく「星兄弟はブルーノ・ジャパンの主力だった」。あの大会を追いかけた者の記憶にはそう刻まれているはずだ。

だが実はそこに「リトアニアW杯における」という注釈が付くことを、多くの人は知らない。あるいは、忘れてしまっている。

「星兄弟は(リトアニアW杯における)ブルーノ・ジャパンの主力だった」とはどういうことか、兄・翔太の言う「奇跡」の意味とは。

タイトロープだった。

代表キャリア12年の兄とは全く違う、星龍太にとってのW杯がそこにあった。綱渡りの末、世界最高峰の舞台に立った弟は、何を見て、何を感じ、日本人選手の未来に何を思うのか。

※インタビューは11月12日に実施した

インタビュー=渡邉知晃
編集=高田宗太郎

ずっと当落線上。不安しかなかった最後の14日間

──大会が終わってから時間が経ったけど、W杯の率直な感想を聞かせてください。

「もうちょっとあの舞台を味わいたかった」。後悔というか、もっとできたかなって部分があるのは事実です。チーム全体としてやり切った感じはあるけど、その一方で悔いが残ったという感覚はありますね。

──もっといいパフォーマンスをしたかった?

大まかに言えばそうですね。もう少しいいパフォーマンスを出せただろう、と。

──それが勝利につながり、もっと勝ち上がりたかった。

そうですね。もちろん、ポジション的にもそうですけど「自分が試合を決められていたら」とは思っていません。でも、ブラジル戦でフェラオに決められたシーンなど「自分が抑えることができたらどうだったんだろう」とか。自分がもっとうまく絡んで全体でももっとボールを回せていれば攻撃に厚みが出たり、守備でカウンターを防げたりできただろうな……という思いです。

──異例という言い方が正しいかわからないけど、龍太は珍しい代表への絡み方だよね。ずっと呼ばれていたわけでもなく、毛利元亮みたいに若くて最近の活躍が評価されて選ばれたわけでもない。ケガでの離脱も多かった。なかなか定着できず、波があったなかで、それでも最終的にメンバー入りした。W杯に出ることをどれくらいリアルに意識していた?

トモさんが言うように、自分でも異例だと思っています。若手ではないし。W杯というよりも、代表で試合に出たい気持ちが常にありました。W杯に出る前に、代表としての試合は2016年に刈谷でやった親善試合の2試合だけでした。北海道での親善試合に出たこともあるけど、国際Aマッチは2試合だけです。でも、少ない回数だったけど、日の丸を背負って試合をした感覚、君が代の国歌斉唱。この舞台は特別なんだと、刈谷の2試合でも感じました。「また選ばれたい」と常に思っていましたね。

ブルーノ・ジャパンが始まって、最初の3カ月くらいは呼ばれて、その後2年くらい呼ばれていない。監督は、「同じクオリティなら若手を選ぶ」スタンスだったと思います。でも、選ばれたいと思ってプレーし続けた結果、W杯メンバーに選ばれることができた。折れないで、諦めなくて良かったなって思います。

──実際、いつ頃選ばれるかもなって思った? 常連だった安藤良平を含めフィクソのライバルは多かったよね。

安ちゃん(安藤良平)は、いつも1stセットか、2ndセットに入っていましたからね。僕はだいたい4つ目のセットで若手とか、新しい選手に伝える役目が多かったですね。

──ブルーノのセット分けは、その時点での序列がわかりやすいよね。あまり混ぜないじゃん。各ポジションで一番信頼の高い4人が1stセット、次が2ndという感じ。今の自分の立ち位置がこれくらいだってわかる。W杯メンバーに入れると思ったのはいつ?

最後の14日間の国内合宿があって、8月頭に一度解散して、そこから5日間国内でやって、その後スペイン遠征という流れでした。14日間の国内合宿は、2ndセットか3rdセットでプレーしていました。安ちゃんは呼ばれていなかったけど、合宿で悪いプレーをしたり、ケガをしたら変わるだろうなと思っていたので、余裕で残れるとは思わなかったですね。それまでの4年間があったから気を引き締めて取り組みました。

──直前の合宿で呼ばれるまでは、わかんないって思っていた。

帰化したオリベイラ・アルトゥールが入ってきて、パフォーマンスが良くなければいつ変えられてしまうかわからない。俺とあんちゃんの評価は同じくらいだと思っていたので。スペイン遠征に行くまでは安心できなかったですね。安心って言い方はちょっと違うけど。

──日本を飛び立つまでは、わからなかった。

そうそう。

──結果的に本大会では、2ndセットに入った。フィクソとしては2番目のチョイス。驚きもあったけど、やってやろうと。

やらなくちゃいけないなって。選んでもらっている以上は、もちろんメンバー全員で戦うけど、試合に出られなかった選手もいるから「龍太が出るより俺が出たほうがいい」とは思われないように、自分が引っ張るくらいの気持ちでやらないといけないと思っていました。「やってやろう」ではなく「やらなくちゃいけない」というメンタルですね。

──そう考えると、名古屋オーシャンズにいたことは大きかったと思う? 選ばれたことも、試合に出ることも。海外組と名古屋組は、出場時間が長い選手が多かったからね。

大きいですよ。歴代の代表を見ても、名古屋を経験している選手がほとんど。海外組と名古屋組。名古屋の環境にいることで得られることはすごく大きい。アジアクラブ選手権もあるし、紅白戦でも毎回、外国人選手とやれる。この経験の差は大きいと思います。

ベスト16を越えるために日本人選手が変えるべきもの

──ブルーノ監督はどうだった?

結構シビア、というか、何かを決めるときは情を持たない。しっかり、仕事として判断する人だなと。「今まで一緒にやってきたから最後まで残す」わけじゃなく、結果を出し続けないと日本代表に残れない。それは、常に思っていましたね。「ここで結果を出さないと呼べないよ」と言われてきましたし。

──呼ばれることで、自分に求められていることが明確になる?

はっきりとは、わからなかったです。ただ自分の場合、代表でやらないといけないことと、チームでの役割が似ていたので、やり続けないと選ばれないと思っていました。リーグも1試合1試合すべて見ていることを知っていたので、選ばれるために気を抜けない。やれることは全部やろうと思い、毎回言われたことはノートにメモって、常に見ていました。

──ブルーノのシビアさを体感してきた。

現に2年間呼ばれていなかったですからね。外れたときに直接聞きに行ったら「調子いいほうを選ぶし、同じパフォーマンスだったら年齢が若いほうを選ぶ」と言っていました。最初、同じポジションでは滝さん(滝田学)が選ばれていて、次に安ちゃんがメインで選ばれた。そのなかで言われ続けてきたこと、やるべきことをやり続けていました。

──越えられなかったベスト16の壁。後ろの選手から見て、何が必要だと感じた?

チームとしてハードワークできるし、ある程度できることを示したけど、簡単に言えば「決定力」。もっと言えば「そこに向かうまでの動きや質」も足りないなと感じています。

──シュートシーンを増やす。

そう。海外で、特にブラジルとかは個の能力に優れているから1対1で引き剥がしたり、ピヴォに当ててシュートとかがうまいけど、日本がブラジルと同じプレーをするのは無理。シュートに持っていくまでの質と、メンタル。ブラジルとやってすごく思ったのは「ミスを恐れていない」というか。「リスクなきゃいいよね」くらいでパスを出す。

日本だと味方と目があってからパスを出したりする。キレイなパスを出そうとするし「マークがいるから右足に出してよ」とか、質にこだわる。でも守っていて嫌な相手は、どんどん放り込んでくる。体に当てるくらいの感覚で、そのタイミングで出してくるんですよ。

──パスは取りやすさが大事というわけじゃない。

タイミング優先でコースが空いているから出すよ、あとは受け手がどうにかしてくれって。そのタイミングで出されると守備は簡単に奪えないから、理にかなっていたと思います。

──キレイなタイミングじゃないからこそ狙いづらい。

そう。それに前からのプレスもかかり始めのタイミング。かかってから出されているわけじゃなくて、かけようとしているときに出されちゃうからパスが通る。そこはメンタルの違いかなって。

──「日本人はリスクをかけたがらない」。これはパッシャン(西谷良介)とも話した今後の課題。

気質とか、日本人の在り方はそこじゃないから目がいかないかもだけど。アルトゥールも日本人とタイミングが違いますね。ピヴォが反応できなくて「ゴメン」ってなるけど、通ればゴールに直結するようなパスを狙っている。仮に守備側に取られても、アルトゥールはそれをやめない。出したら1点につながるようなパスを出し続ける。

今までそれを出してきた選手なんだなって。その感覚がなくて出すと、ミスして心が折れる。次に出してもまた取られたらどうしようとか、タイミングが合わなかったらどうしようとか「おまえそんなパスを出してないだろ」とか味方からも言われたりするので。練習からやっていかないと、難しい。

日本人の気質にはない感覚だから、体感しないとわからないし。Fリーグで体感することはないですよ。海外勢と戦って、そのメンタルに触れないと。トモさんも代表でそれありましたよね? そのタイミングで出すことって。

──そう、いい意味で人任せだよね。「ピヴォなんだからキープしろよ」っていうパス。日本人は合わなかったら出し手も、受け手もお互いに「ゴメン」「ゴメン」ってなる。次に同じような場面がきたら、次は出さないでおこうとなる。でも、ブラジル人は取られたら「おまえのせいだろ!」ってもう一度同じプレーをする。

試合を決定付けるパスが意外とそういうパスだったりしますからね。リスクがないというか、リスクと思わないパスを出し続けるのは強豪国に多いなという印象。だからこそ、そんなパスも収めてしまうピヴォが育つのかもしれないですね。

──それは思うよね。出し手もミスと思わなくなるじゃん。ミスもするし、合わないこと、通らないこともある。それでピンチになっても、それを日頃からやっているから取られた後の対処もできる。日本だとキレイに通そうとしてミスして、カウンターをくらう。

そこの違いはありますね。特にブラジルがそういうパスを出し続けていた。やっかいでしたよ。後ろからみて、そのタイミングではプレスに行けねーよってのが嫌だった。

──ぺピータとかもそうでしょ。

そうそう。日本で練習していても、ぺピータは感覚が違うなって。ポジション的にアルトゥールとは普段一緒にやらないけど、ぺピータは通ったらやべーなってパスを出し続ける。メンタルを含めて感覚が違うし、見えているものが違う。シンビーニャもそうだったけど。

──そこをやり続けられたらね。その感覚をみんなが持てたら一歩レベルが上がるかもね。

うん。それは本当に。スペインのようなキレイな戦術の動きや質は、身体能力的に考えても日本人はそっち寄りだし、学ぶべきことがある。代表はスペイン人監督の下で長くやってきましたし、指導者ライセンスもスペインメソッドを取り入れていますし、戦術面は浸透しているから、もっと良くなると思います。

でも、選手レベルだと、ブラジルに限らず、スペイン代表もメンタルが違うなと思います。人よりスペースに先にパスを出しますし、そこに走る。日本のように人に対して出すのではなく、先を読んでスペースに出す。そこはやっていかないといけない。裏までちゃんと走りますからね。スペイン代表選手の質は高いですよ。

選手キャリアも綱渡り、星龍太の転機と今後

──2011年に一緒のタイミングで名古屋に入団した。日本人は俺と龍太だけだったよね。

そうでしたっけ?

──そうだよ。雑誌とかの撮影をしたから覚えている。サテライトから上がった選手はいたけど、外からの入団は俺と龍太だけ。外国籍選手でペドロ・コスタとマルキーニョが入った年で、俺もそのシーズンは、ほぼ出られなかった。龍太もほとんど出ていなくて、その後レンタルで府中アスレに移籍した。

そうですね。一応レンタルみたいな形です。

──どこが転機だった? 名古屋での初年度、アスレでの1年、戻ってからの名古屋。

難しいな。名古屋は結果を出さないと残れないじゃないですか。アスレでは前十字靭帯を切って。名古屋に戻ってきた2013シーズンは、最後にリーグ戦の消化試合に出たけど、来シーズンも残れるかどうかはわからなかった。その後、プレーオフ第1戦に大分に6-7で負けて、2戦目の7-0で勝った試合に出させてもらっていて、2点決めた。それで残れることが決まったんだと思います。

全日本選手権も出ることができて、そこから少しずつ試合に出してもらえるようになった。もしかしたら、プレーオフ2戦目のなんでもないような、7-0のうちの2点だったのかな。そこが転機かもしれません。自分が何かをなし遂げたとは思わないけど、結果主義の名古屋っぽいなという感覚です。

──そうなんだ。そのゴール全然記憶ないや(笑)。当時は勝つことに必死だったから。

みんなは勝たないとヤバイって雰囲気でした。僕は1戦目に出ていないし、もし出たらいい守備をしてインパクトを残そうと、若手みたいな感覚でやっていました。そこが、みんなとメンタルが違うところでしたね。

──出ていた選手は、第1戦で体もメンタルも疲れていたからね。

第1戦はフィールドプレーヤーが6人から8人くらいで回していて、僕は第2戦から出たのでフレッシュでした。それがいい方向にいきましたね。ターニングポイントはそこかも。

──そこから、今では名古屋在籍が一番長いくらいだよね?

シノ(篠田龍馬)が一番だけど、外から来た選手だと僕ですかね。今年が10年目。

──それがきっかけで10年ってすごいね。龍太みたいに地味なタイプはどうしてもピックアップされにくいけど、名古屋にそれだけ残るってすごいことだからね。毎年、誰かがいなくなるわけで。

注目される選手じゃないですからね。「あれ、まだいるの」って感じ(笑)。

──アスレの1年はどうだった? プラスだった?

めちゃくちゃプラスでした。主に試合勘ですね。Fリーグのスピード感に慣れるという意味でプラスでした。

──当時まだ関東リーグ所属のフウガからだから、Fリーグの舞台がいきなり名古屋だったんだね。

そうそう。それで、名古屋では出場機会がほとんどなくて。でもアスレではケガをするまではほぼ出ていました。完山徹一さん、前田喜史さん、小山剛史さんとか、ベテランのフットサルを知っている選手が多かったこともあって、すごく成長させてもらいました。

──それがあっての名古屋だからね。

そう。でもアスレでのサラリーマンをしながらの生活は正直、きつかったけど(笑)。

──今、何歳?

34です。

──きたね。32くらいだと思ってた。

トモさんの1コ下ですから。

──あと2つ聞きたいんだけど、一つは龍太自身の今後のこと。あと何年とか、何歳までとか目標があれば。もう一つは、3年後のW杯について。

そうですね。引退は考えていないです。なぜかというと、W杯を目標にしていたわけではないので。当然、W杯には出たいと思っていたけど、コンスタントに選ばれていなかったし、そこに集大成を持っていくイメージではなかったから、燃え尽きた感覚はないですね。

ずっと代表に入ってきた選手とは違うから、W杯イヤーで終わりという感覚はなかった。やめるとしたら、「今の俺を出さないほうがいいよ」という感覚になったらかなと思います。もしくは「おまえいらないよ」ってなったら。自分ではケガや体が動かなくなったら、引き際なのかなと。まだもうちょっとできる感覚があるから、何年かはわからないけどやろうと思っています。

──3年後については?

次のW杯を目指そうとは……思っていないですね。俺が入っちゃいけないと思います。3年後は37歳ですよ。膝にテープを巻いている、37歳がやっちゃいけない。日本の問題として、そんな選手が選ばれたらよくないと思うので。世代交代を考えてもね。

選手をやっている以上チャンスがあるならもちろん代表には行きたいけど、でも選ばれちゃいけないと思うし、選ばれないと思います。ここでベテランが選ばれたら、日本の歴史が止まっちゃう。

新監督になるし、次は3年という短いスパンだから難しいと思うけど、これまでもラージリストに入ってきた選手がたくさんいるわけだから、先人の意思を受け継いで、今回のメンバーで何人残るかわからないけど、選ばれた選手が新しい歴史をつないでいくべきだと思っています。オーシャンズの選手として、Fリーグの選手として経験を伝える役割はできると思うけど、それを自分が代表でやるべきではないと思っています。

──今後のことは、代表を中心に4年スパンではなく、選ばれたらということだね。そのスタンスはこれからも変えない。

今までと同じで、選ばれたら頑張る。自分のクオリティを大事にして、この年齢でも求めてもらえるなら頑張りますよ。

──明確に代表引退は表明しない。

何もなし得ていないのに、そんな恥ずかしいことは言えないですよ。あんな入り方をして、代表を引退しますとか恥ずかしい(笑)。日々を大切にして、あとは監督が決めることだと思います。

──パッシャン(西谷良介)は、まだ狙ってるはず。

(大会が終わって)泣いてたからなぁ。

──明言はしてなかったけどね。「その世代は今回が最後」と周りは言うけど。

次は、38歳でしょ。無理やろ(笑)。いや、言い方が悪いけど、残っちゃいけない。選手から「俺はやめる」って言う必要はないし、監督が求めるならやるべきだけど。でも、そこに取って代わる選手が育たないといけないと思います。

──残るということは、代わりがいないということ。

そう。翔太が言っていたけど、危機感を持ってやらないといけない。選手みんなが他人事ではなく、自分たちが日本を引っ張る気持ちでやっていくことが大事だと思います。

 

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