SAL

フットサル全力応援メディア

MENU

2022.02.28

日本代表と共に歩んだ星翔太のフットサル人生。未来へつなぐ言葉|ブルーノ・ジャパンの真実

PHOTO BYFIFA/Getty Images

12年間。一回り。あの年生まれた子供たちは、もう中学生だ。

星翔太がFリーグでキャリアをスタートしたのは2009-10シーズン、今から12年前である。

あれから12年間、丑から丑まで干支が一回りする間、星は日本代表に選ばれ続けた。いや、「日本代表選手であり続けた」というのが正確だろう。

オフらしいオフはなかった。それぞれ環境も監督もチームメイトも移ろうなかで、それでもクラブと代表、2つのチームに“所属”し続けた。そしてワールドカップイヤーのシーズン初頭、2021年6月1日、星翔太は今シーズン限りでの引退を発表した。

迎えた9月、FIFAフットサルワールドカップ リトアニア 2021。

「代表のキャリアはW杯で終わりたかった」という望みを叶えるにとどまらず、キャリアハイと思えるパフォーマンスを示し、3ゴールを記録し、チームをけん引した。最後はキャプテンマークを巻き、カメラ目線で日本フットサルの未来へ呼びかけた。

「プロフットサル選手としてのキャリア=日の丸を背負った年数」という類い稀な存在である翔太は、ほぼ同時に始まった2つのキャリアを、ほぼ同時に終えようとしている。

彼が現役のうちに、クラブキャリアが残っている間に、一足早く幕を引いた代表キャリアについて、そして自身と日本の未来について、話を聞いた。

※インタビューは11月11日に実施した(“11”並びは偶然である)

インタビュー=渡邉知晃
編集=高田宗太郎

キャリア12年の集大成、最後のW杯を終えて

──翔太さんはいろんな媒体に出ているから違う内容の話を聞きます。差別化できるようなご返答、お願いしますね(笑)。

はい(笑)。

──では早速ですが、自身最後のW杯を終えての率直な感想は?

W杯が終わってから時間が経って、自分の日本代表でのプレーはおしまいなんだけど、終わった感じがしない。終わったという事実は受け入れているけど、あの舞台の感覚というのはずっと残っているかな。表現しづらいね。何物にも変え難い舞台だったなと。「達成感」という言葉が当てはまるわけでもないし、終わった感がないからなぁ。

──若干、余韻がありつつ。

そうそう。余韻がずっとある感じかな。

──個人として、チームとしてどうでした?

チームで言ったら、結果は1勝3敗。2012年に比べたら勝ち星の数は減ったけど、ベスト16という、戻らなければいけない最低ラインには戻れたかな。中身で言えば、質が全然違った。2012年に出場した立場から言わせてもらうと、ディフェンスの部分とかでも自分たちでプレスをかけに行ってボールを奪うことが、前回よりはるかにできていた。一方で、攻撃の部分は変わらないかな。進歩はあるけど、Fリーグで表現しているパフォーマンスを発揮できた選手は限られた。

チームとして「世界の主役になる」ということをテーマにしていて、ある程度できたと思う。そのなかで、個々のパフォーマンスではオン・ザ・ボールだけじゃダメだという気づきを得た。

個人としては、ゴールという数字が評価を分けるポジションだけど、それがついてきたから「いい大会だったね」と言われている。コンディションも本番に合わせられたし、今やれる自分の最大値は出せたと思っている。

──ディフェンスに関して、2012年のW杯では相手によってハーフに引くこともありましたよね?

そうそう。対戦相手によってハーフからと、前からを使い分けていたね。

──今回は相手に関係なく前からプレスをかけに行った。

そこが違いかな。相手によって変えることなく、自分たちのスタイルを貫いて戦うことができた。

──翔太さんのゴール数は、前回が2ゴールで、今回が3ゴールと上がっています。

数字だけ見れば(笑)。このポジションは、どんなにいいプレーをしていても、ゴールを決めなきゃ評価されないからね。

──パフォーマンスを出せた選手と出せなかった選手の差はなんだと思いますか? 活躍した選手は海外リーグの経験があることも違いかなと僕は思っているのですが。

それは間違いなくあると思ってる。一方で、海外でプレーしたからパフォーマンスを出せるかと言ったら、それも違う。海外では、仮に2部でプレーするにしても“優勝争いするチーム”にいなければいけない。アジアであっても、タイリーグで常に優勝を争うチョンブリに行ってもいいわけだし、そういうチームで中心選手としてプレーすることが大事。その経験をする選手が増えなければいけないという感覚かな。

──なるほど。海外のリーグで、チームの中心選手として、優勝争いをする経験。

そう。日本代表選手は、国外での試合経験を通じて、自己肯定感を強めていく。客観的に見て、ここが通じて、ここができなかったというところがあって、海外で戦うにはストロングポイントを出して、ウィークポイントをどれだけ隠せるかが大事なんだけど、それを突き詰める作業をFリーグに戻ってやるのは大変。自己肯定感が強くなってしまって。

──ただし、経験から自信を得ることも大事ですよね。

もちろん。自己肯定感は大事なんだけど、一方で、客観性に欠けてしまうことがある。そこを日々突き詰めていくために、さっき話した「海外で、中心で、優勝争い」というシビアな環境じゃないと難しいのかなと。Fリーグで自チームに戻ると、中心選手だし、誰もなにも言ってくれない。そこで、周りに言ってもらえるような環境作りをするのか、ひたすら自分に問い続けることをするのか、大変だよね。とは言え、ただ海外に行くだけでは乗り越えられないからね。

──名古屋ではその環境がある。

そうそう。勝利がすべてだから。いいプレーどうこうじゃない。勝つためにどれだけ自分が駒になれるか。どれだけ体を張れるか。勝つために徹することを求められる。

──リーグでは活躍できるけど、世界を見たときに自分の足りない部分を追求することは難しい。

Fリーグの自チームでは、システムも中心選手に合わせて変わることがある。それはいい部分でもあるけど、代表の視点で言えば、レパートリーの少なさになる。チームの中心選手でも、代表では名古屋の選手がいつも8人くらいいるわけだし、その影響力が高くなるのは当たり前で、自チームのように心地良くはプレーできない。言い方が悪いけど、クラブでの日々の競争の違いが、そのまま代表での違いにつながっている。

──日々の競争を上げていかないと、代表の中心で活躍するところには近づかない。

そうそう。活躍すると言っても、自分のいいプレーを出すことが目的ではない。名古屋もそうだけど、勝つことがすべて。勝たないと評価されないから。

世間からの評価やメディア露出は、先行してW杯で準優勝したビーチサッカー日本代表と、僕らフットサル日本代表を比べるとわかりやすいと思う。僕らは今大会の最初は勝っていたから扱いがそれなりにあったけど、その後は尻すぼみだった。

勝つことがすべてであり、そのためになにができるかを突き詰めないと。もちろん過程は大事だけどね。

星がいたこれまでの日本代表と、星のいないこれから

──5年間のブルーノ・ジャパンの総括。ミゲル・ジャパンとの違いを含めてどうでした?

良かったと思う。ミゲルの8年があっての、ブルーノの5年。順序としても良かった。

ミゲルは最初にフットサルを教えてくれた。あとは選手個々のストロングポイントありきだったかな。新しい選手が代表合宿に呼ばれたときに、その選手がチームプレーを優先していたら「おまえらを呼んだのはそのためじゃない。自分の特徴を出せ」と言ったじゃん。

2016年のアジア選手権で負けたときとかは、いろんな選択肢がありすぎたのかなと。選手自身の個が強すぎた。戦術はあったけど、個が戦術を超えすぎたと思う。

そこからすると、ブルーノはめちゃくちゃ厳しい。ベースがどうあるべきか、組織としてどうすべきか、改めて立て直した。それをまずやり切らなきゃ選択肢もクソもないということを日本人に浸透させた意味は大きいし、その強度に日本人が耐えられない。日常が違うから。

ミゲルは比較的、個々のことを代表で伝えて、クラブでも“前カット”や“ミニパラ”とかをやるチームが増えた。これは戦術とは違って、2人だけで体現できるからね。

──候補合宿だとしてもミゲルに指導された選手が2人、もしくは指導された選手がもう1人に伝えればできますからね。

けど、ブルーノのやり方は、選手個人単位だとクラブではできない。組織をイチから立て直したのは良かったけど、クラブの日常が代表の結果に直結するのかな、というのはある。これは終わった今だからできる、広い視点で見たときの話だね。選手としての自分は、信頼してもらっていたし、成長もできたし、感謝しかないかな。

──翔太さんはFリーグでプレーし始めてから引退する今年まで、クラブでのキャリアと同じ年数を日本代表で過ごした珍しいパターンだと思います。僕は最後の2年間は代表で過ごせないまま引退。そういう選手が多いなかで、クラブと代表を並行して過ごした翔太さんにとって、日本代表とはどういう存在でした?

シンプルに恵まれていた、というのがまずある。ミゲルがU-24代表を作ってそこで呼ばれたところから。その後、A代表の中国遠征の際に、ピヴォのケガ人が多かったこともあって招集されて、そこで点を取れた。自分がケガしているとき以外は基本的に呼ばれていたから、運が良かったなと。

代表は、入りたいと思って入れる場所じゃないけど、自分としては絶対に呼ばれるだろうという思いもあった。驕りとかじゃなく。クラブで最大のパフォーマンスを出した先に代表があるから。そして、選ばれること自体は目的ではなかった。入るのが当たり前になってからは「あの国に勝つためにどうすればいいだろう」と。それって、クラブと同じだよね。「自分が試合に出たい」を超えると、「あのチームに勝つにはそうすればいいのか」となるように。

──もはや2クラブに所属していて、常に横並びである感じ?

そう。だからだろうけど、オフがなかった(苦笑)。本来、W杯があるはずだった去年のシーズンが終わったら久しぶりにオフかなと思っていたけど、W杯がズレたこともあって、2週間くらい代表合宿に参加することに。最後のシーズン前に体を作ろうと計画していたんだけど、コロナ禍は特に、プラン通り実行できない難しさはあったよ。

──あらためて、現役続行は?

ないよ(笑)。無理だもん。W杯に出て感じたけど、寄せてから一歩、出したい足が出なくなっている。限定はできているけど、取り切るところは“賭け”になってしまっている自分がいる。スペイン戦で、左サイドでチノからボールをカットして、そのまま行こうとしたらチノに引っ掛けられてファールをもらったシーンがあったんだけど、そこは賭けだった。もし、中にパスではなく、縦にドリブルを選択されたら、かわされていたから。

そういう“一歩”を駆け引きに使えなくなったことを痛感したし、映像を見ても感じた。引退のタイミングは間違ってなかったと思うよ。

──俺みたいなパターンだと、代表に呼ばれなくなって、絡めなくなった実感があった。翔太さんは現役を継続していたら次も呼ばれていたのでは?

どちらにせよ、代表は今回のW杯でやめようと思っていた。できるだけ長く自分のポジションを守りたいとも思わなかったし、次の世代にいい選手がそろっている。いいピヴォがいるのに俺がいる意味はないからね。

マサ(平田ネト・アントニオ・マサノリ)、(清水)和也、(毛利)元亮、樋口(岳志)くんとか。ポジションは奪い取らないといけないという考えもあるけど。伸び代のあるほうにシフトすべきだし、気を遣われるのも嫌だしね。現役を続けていたとしても代表はやめていたよ。クラブでもう何年かやってもいいかなとは思っていたけど。

──バトンは誰に?

和也でしょ。あとはマサかな。元亮はまだ若いからもっと自由にやればいいけど、和也とマサは責任感を持ってやらないと。チームを引っ張らないといけないし、ゴール以外でも影響を与えてほしい。点取り屋だから、ゴールを取れなくて気持ちが落ちることもあると思うけど、先頭に立つというか、ディフェンスでも先頭を走るとか、カウンターでも先導してほしい。そこにプラスして、エゴな部分を乗せてほしい。キャラクター的にも和也とマサかな、とは思っているけどね。

──ピヴォは長らく同じ人が陣取っていましたからね(笑)。

そうだね(笑)。そういう選手は他のポジションにも5人くらいはいたじゃん。話はしたけどね。コロナ禍のときに国内クラブとトレーニングマッチがあって、セットが俺、(皆本)晃、パッシャン(西谷良介)、仁部屋(和弘)のベテランセットになった。

俺からすればこのセットに伸び代は感じない。だから4人で話したときに、「結果を残せなければ、全員いなくなることを考えたほうがいい」と伝えた。若い選手4人が入ったほうが未来は見えるからね。自分たちが“いなくならないといけない状況”を考えなければいけないな、と。ベテランが長くいて、若い選手が出てくることができなかったのか、単に勝ち取れなかったのかはわからないけど。

世代交代は遅れたかもしれないけど、Fリーガーを代表して戦っているわけだから、選ばれていない選手の分も背負ってプレーできたのは大きかった。俺は基礎技術がないけど、代表に長らくいた。そういう意味でも、俺ができるなら他の選手ができて当然だし、「俺のほうができるでしょ!」と思ってもらいたい。

星が描く近未来「Fリーグ=プロリーグ」が正解ではない

──今後のことも聞きたいのですが、引退の意思は変わらない?

そうね。コロナで1年延期してなかったらもう2年やっていたかもしれないけど、その場合は自分と未来のビジョンが合ったクラブにいきたいと思っていた。

──外から支える側になると言っていたが、具体的に決まっているものがあれば。

引退発表して、みんな次が決まっていると思っている。だけど、本当になにもない(笑)。リーグに入ることも、名古屋に入ることも決まっていないし、代表スタッフになることもないし。

──終わってから決める?

決めるというか、俺が決められることじゃないじゃん。ピッチ外の実績があるわけじゃない。すぐに使おうと思ってもらえるか、俺が決められるわけじゃない。選べる立場にはないけど、やりたい意思は示したい。「リーグやクラブのマネジメント層になる」。そうじゃなくても「外から支えるための活動をしたい」と。言うのは自由。まずは、自分がなにをしたいか言うことが大事だから、とりあえず言った感じ。

──クラブに入る場合は、どこのクラブでもいい?

クラブとしてのビジョンがあって、自分が考えているビジョンと合えば、場所は選ばない。

──理想はリーグに入ること?

一番はリーグ。まずはリーグを整えないと、クラブもクソもない。リーグは4月から新法人になるし、いろいろなことを打ち出して、変えられるチャンス。リーグを周りからも魅力あるものにするとか。もしくは、個人としてリーグのためにやるか。

──指導者は?

指導者ね……幸いにも、そういう話はあったよ。経験的にもというのはあるけど、指導者は向いてないと思う(笑)。

──向いてないんですか?

時間がかかるのはダメなんだよね。今からライセンスを取って、指導の実績を作って、チームとして成果を出すのに年数がかかる。その年数を指導者に使っていいのかと。

全クラブの監督がプロで、常に変わっていくならありだと思うけど、そうじゃない現状のなかで、相当な人数の人たちが、相当な思いを持って携わっている。だから俺がそっちにいく必要性はないなと思った。だから、マネジメントにいこうと。もちろん、指導者は面白そうだとは思うけどね。

──Fリーグをプロ化していく?

俺は必ずしも「完全プロ化」が正しいとは思ってない。ポルトガルはお金をもらえているクラブは3〜4クラブと言われているけど、W杯で優勝した。欧州選手権も獲っているしね。必ずしもプロが正解じゃないし、むしろ育成が大事なのではないかと思っている。

──とは言え、今の日本はプロチームが足りない?

そうだね。現状の名古屋だけという状況から、3、4クラブになっていけば、リーグ全体で40人くらい(の日本人選手)が完全プロで、そこから代表選手を選べる。個人的にはそういうふうにしていって、他のクラブは若手育成にシフトするとかもありなのかなと。

──スペインリーグの下位チームも、若い選手をどんどん出していますよね。

優秀な若手を育てて、高い移籍金で上位クラブに移籍させることがクラブのためになるけど、そこも日本式に整備していいし、そういう選択肢もありなんじゃないかなと。

1チームを運営するのに5億円かかるとしたら、F1の12クラブで60億になるし、そんなにお金は集まらないでしょ。でも、3クラブなら15億、4クラブなら20億だから、それくらいであればまだ可能性はあるかなと。現実的なところを探していかないといけない。

だから俺は「Fリーグ=プロリーグ」がいいとは思わない。仕事とのバランスを取っている選手もいるし、それをいきなりノーにする必要はないだろうな、と。全員がプロになることは間違いじゃないけど、段階が必要になると思う。

もちろん、目指すべき年俸は高いほうがいいけど、いきなり全員プロにして、金額も高くて、ということはできない。だから、年棒300万の選手を100人作っても地獄じゃん(笑)。年俸3,000万の選手を1人作ったほうが、夢を見せられて、みんなそこを目指すし、高いクラブに買われていく。そういう取り組みをリーグが支える。クラブレベルじゃなく、リーグも若手を使っていく後押しをすることが必要ではないかと思うよ。

 

▼ 関連リンク ▼

▼ 関連記事 ▼

Close Bitnami banner
Bitnami