更新日時:2022.02.11
「もう一度W杯に出る」。41歳の守護神が代表引退を撤回して、再挑戦を宣言|ブルーノ・ジャパンの真実
PHOTO BYFIFA/Getty Images
フットサルの神様は、この男に味方しているように思えてならない。
ペスカドーラ町田の守護神、ピレス・イゴール。2009年に来日してから、卓越したプレーで見る者を魅了し、味方を救い続けてきた彼は、2016年に日本国籍を取得した。
その年のワールドカップは日本が出場権を逃したことで見送られたが、イゴールは日本代表としてW杯に出ることを夢見て、研鑽を怠らなかった。しかし、試練は訪れる。
2020年1月16日、フットサル界に衝撃が走った。
イゴールが、10万人に1人の難病とされるギランバレー症候群の可能性が高いと診断され、緊急入院したというのだ。待ちに待ったW杯イヤーが明けたばかりの出来事だった。それは、普通の生活に戻れるかもわからない病。再びフットサルができるようになり、しかも日本代表に選ばれ、W杯出場を願うことは、当時の彼には絶望的に困難なことだった。
しかし、フットサルの神は、彼に猶予を与えた。
世界的に広がった新型コロナウイルス感染拡大の影響により、W杯が1年間の延期となったのだ。長い闘病生活を、家族の支えと、彼自身の強い気持ちで乗り越え、その後も懸命にリハビリに取り組み、発病から11カ月後に、“奇跡の”復帰を果たした。
コンディションを取り戻していったイゴールは、それまで以上のパフォーマンスを示し、日本代表に復帰。そして──。
2021年9月14日、イゴールは、彼が小さい頃からあこがれてきた舞台、W杯のピッチに立った。
日本が戦った4試合中3試合で先発し、ラウンド16ではブラジルと対戦。41歳の彼は、そのときは、これが祖国との最後の対戦となるはずだと思っていたに違いない。
イゴールは大会前から、これが最後の日本代表と、心に決めていた。しかし──。
W杯を終え、充実感と悔しさと感謝の言葉を口にした彼は、もう一つの感情を胸に抱いていた。
「もう一度、W杯に出たい。困難なことはわかっている。でも、出たい」
次のW杯は3年後、彼はそのとき、44歳を迎えている。
イゴールはなぜ、もう一度、世界を目指すのか。
※インタビューは10月27日に実施した
インタビュー・編集=渡邉知晃
ブラジルには絶対に勝ちたかった
──あらためてW杯お疲れさま。今日はよろしくお願いします!
ちょっと緊張シテマス。
──大丈夫だよ。イゴールは日本語完璧だから!
はい。がんばります。
──W杯が終わって1カ月。今の気持ちは?
もっとやりたかった。良いプレーができたけど、世界のレベルで戦うためには、もう少しやらないといけなかったと思う。終わってからもいっぱい考えて、日本代表のためにも、もうちょっと良いプレーをしてチームを勝たせたかったです。
──個人的には満足してない?
パフォーマンスは悪くはなかったけど、もうちょっとできたと思う。今でも、ああすればよかったとか、もっと止めたかったとか、考え続けています。
──チームはベスト16で終わった。もっと上にいけた?それとも難しかった?
チームは良かったと思う。もちろん、もっと点を決められたと思うし、もっと守れたと思うけど、全体的に良かったことは間違いない。一番大事なのは結果だけど、世界のトップ10の中に入っているスペイン、パラグアイ、ブラジルを相手に良いプレーができて、最後までチャンスをつくって、勝てるかもしれないと思えた。そこはすごく良かった。世界のトップと対等に戦えたからね。
──母国ブラジルとの対戦は特別な気持ちがあった?
もちろんあったよ。相手の監督もそうだし、選手に友達もいたし、ブラジルでも友達や家族とか、たくさんの人が見てくれていたからね。「日本を応援しています」というメッセージもたくさんもらったよ。日本のリーグはブラジルでは見られないから、今回のブラジル戦が、世界に日本のフットサルを見せるチャンスだった。特にブラジル人には、日本はそんなに強くないと思われていたから、絶対に勝ちたかった。日本は弱くない、こういうレベルなんだよと証明したかった。何度も世界一になっているブラジルに勝ってベスト8に入れたら最高だった。新しい歴史を作れるわけだしね。
──試合後にブラジルの監督と抱き合っていたよね。監督や選手と話をした?
ピッチでハグをしながら、話をしました。試合後も選手からたくさんメッセージをもらいました。「日本はすごかったね」「日本はすごく強いチームで、いいプレーを見せた」「僕たちは勝ったけど最後まで本当に難しい試合だった」と。負けて悔しかったけど、その言葉はすごくうれしかった。世界のトップの選手たちにそう言われたことは誇りに思ったし、日本代表の成長を感じた。これからベスト8、準決勝、決勝にいけるようになるために、もっと頑張らないといけないと思ったよ。
──ブラジル人が評価してくれたんだね。
そうだよ。戦術だけではなく、テクニカル的にも優れた選手がいたと評価していたね。
日本代表が今よりもっと強くなるためには?
──2009年に日本に来てから12年目。日本のフットサルのレベルは上がっている?
上がっていると思うよ。ただし、僕が来たころの上がり方からすると、少し緩やかな上昇になっていると感じるかな。最近はコロナもあるし、大変だよね。以前は、リカルジーニョやマルキーニョとか、世界の一流選手も来たいたけど、そうした特別な選手がなかなか来られないからね。今は、若い選手も素晴らしい選手が出てきているし、モチベーションもスキルも高い。フットサルが成長するために大事なことだね。
それに、清水和也もスペインに行ったし、他にも海外を経験してきた選手がいるように、世界のやり方を知ることも重要だね。大事。もっとたくさんの選手が海外に行って、日本とは異なる体格や強さを感じないといけないと思うよ。
──今回のW杯のスタメンは、イゴール、オリベイラ・アルトゥール、吉川智貴、逸見勝利ラファエル、清水和也。星翔太さんもそうだけど、海外経験のある選手の活躍が目立っていたからね。
そう。海外はマリーシアとか、体の使い方とか、メンタル面とかが違うから。彼らのやり方を学んで、日本に戻って、それを還元することで日本代表のレベルがすごく上がると思う。
──海外に行くことの他に、日本がさらにレベルアップするためには何が必要だと思う?
次の日本代表監督はまだわからないけど、引き続きたくさん合宿をすること。ブラジルの監督とも話したけど、それはすごく大事。ブラジルはリーグ戦も長いし、海外組も多いから、代表合宿は少ないそうだよ。それに比べて日本は合宿の時間がたくさんあるからこそ、戦術トレーニングもできるし、みんなが少しずつうまくなっていける。
それと、メンタル。自分たちを信じること。これは本当に大事だよ。もっと強いメンタルをつくれたら、チームも上に行けると思う。今も悪くはないけど、もっと強くならないとね。アルゼンチン代表のようなイメージだね。
──パッシャン(西谷良介)も、海外の選手はミスしても落ちない強さがあると話していた。
そうそう。40m×20mの狭いピッチではミスが起こるのは当然だからね。ブルーノ監督も、「ミスは仕方ないから、次のプレー、次のプレーだ」ってよく話していた。それは本当に必要なことだと思うよ。
家族のようなチームだったブルーノジャパン
──ブルーノ・ジャパンはどんなチームだった?
うーん……日本語で伝えるのがムズカシイ。すごく強いチーム。良さをあげたらいっぱいある。ピッチの外でもみんな仲が良かったし、チームは一つになっていたかな。
──家族みたいに。
そうそう、それはすごく感じた。いいチーム、いい雰囲気だった。悪いことはなにもなくて、すごく前に進みやすかった。今回は3カ月という長期間を一緒に過ごしたけど、すごく楽しかった。今までたくさんの監督のもとでプレーしてきたけど、監督によってはチームの雰囲気がよくないこともあるんだ。その意味で、ブルーノ監督はすごく素晴らしい仕事をして、いいチームの雰囲気をつくれていたから、うまくいっていたと思う。
──居心地が良かった。
そうそう。すごく楽だった。僕にとってすごくいい監督だったし、いいチームをつくって、選手みんなにチャンスを与えていた。ブルーノ監督には感謝しかありません。
──外から見ていてもいいチームだと感じたよ。
そう。何も問題がなかった。
──GKの3人もすごく仲が良さそうだったね。
そうだね。GKもすごく仲が良かった。もちろん、みんな試合に出たいという気持ちがある。でも誰かが出たら、他のGKは出られない。内山慶太郎コーチからもたくさんアドバイスをもらいながら、GK同士でもお互いにサポートし合ってきたよ。みんなの代表だから、みんなで一緒に成長したかった。誰が出るかはわからないけど、3人がみんなで成長しようとしていたから、すごくいい時間を過ごせたと思う。
──アンゴラ戦は関口優志が出て、あとは全部イゴールが出た。2人のサポートは大きかった?
うん。試合中も練習中も、いっぱい意見をもらった。もっとこうしたほうがいいとか、たくさん話をした。すごくありがたかったね。自分のプレーだけじゃなく、みんながチームのことを考えて、助け合っていたから素晴らしい関係だったよ。
──いいGKチームだった。
うん。2人には感謝しかない。練習も頑張っていたし、2人ともいいプレーをしていたから、僕も負けたくなかった。彼らのおかげでいいパフォーマンスをしないといけないという気持ちになれた。彼らも逆に、「あのおじいちゃんがなんで出るんだ」って思っていたかもしれないけどね(笑)。それもGK陣で成長するために必要なことだったと思うよ。お互いがお互いに刺激を与え合っていたと思う。
息子に、もう一度パパのプレーを見せたい
──帰国して、奥さんの反応はどうだった?
W杯に出ることができてすごくうれしかったし、良かったねって。感動したと喜んでくれた。この5年間はいっぱい苦労をかけたから僕もうれしかったよ。ブラジルの家族も、友達も、みんながすごく喜んでくれた。
──息子は何歳だっけ?
今、2歳半だよ。
──どんな反応だった?
お義父さんとお義母さんが試合を録画してくれて、息子がその映像を見ながら、「パパ、ジャパン」って、ずっと言っていたんだって。かわいいよね。大きくなったら、彼もわかるかもね。今は、楽しんで見てくれていたみたいだよ。
──お土産は買っていった?
FIFAのオフィシャルボールを持って帰ったら、今はそれで遊んでいるよ。ボールが大好きだからね。
──今、41歳。W杯に向かう前は「このW杯が最後だ」と話していたよね。
うん、そうだね。
──夢の舞台に立って、心境は変わった?
うん、変わりました。W杯でプレーして、マジで、マジで、素晴らしい舞台だった。最高だった。国家斉唱では、鳥肌が立ったよ。アリーナに入ったときの感覚も忘れられない。だからもう1回、出たいなって。もちろんすごく難しいことだよ。41歳だし、ケガも多いからね。でももう1回やりたい。実現できたら、最高だよ。
──気持ちが変わったんだね。
そうなんだよ。最近、息子がボール遊びをたくさんしているんだけど、2歳半だし、あまりフットサルのことは理解できていない。でもすごく見ているんだよね。だから、もう1、2年くらいしたらわかると思う。そこまで頑張りたいんだよ。そのときにいいプレーを見せて、「パパ、ジャパン」をもう一度、見てもらいたい。新監督が呼んでくれるなら、やりたい。
──もう一度、W杯を目指す。
そう、もう一度。それで、息子に見せてやりたい。
──自分でも簡単なことじゃないとわかっていても。
うん、本当に難しいけど、自分を信じて頑張りたい。
──ちなみに、奥さんには3年後のW杯を目指すことは話したの?
実は、まだ言ってない(笑)。信じられない気持ちになるかもね。でもきっと、僕の気持ちをサポートしてくれると思う。彼女はいつもすごくいいサポートをしてくれるから。僕のモチベーションをアップしてくれる。あまりよくないときも、もっとやらないといけないときも、励まして、鼓舞してくれるんだ。3年後も目指すと言ったら「えっ、本当に!?」と言われるかもしれないけど、たぶん、大丈夫。また応援してくれると思う。
──すごいな。3年後、楽しみにしているよ。今日はありがとう!
はい。ガンバリマス!
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